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「大都市圏と地方における政治意識」世論調査報告
 
 
総選挙の結果が突きつけた政治の課題
山口 二郎
 
 

 今回の総選挙には、明確な勝者は存在しなかった。自民党、民主党いずれの側も、もっとたくさん議席を獲得できたという悔いが残っているに違いない。

 まず自民党の側から見てみよう。小泉首相は、九月の総裁選挙における圧勝と、それに引き続き安倍晋三幹事長の起用など、彼一流の人事によって支持を高めた上で、解散、総選挙に突入した。道路公団総裁の解任劇などで小泉政権の改革姿勢を強調するという演出までして、人気集めには万全の対策を取ったはずであった。総選挙で勝利することによって、党内における揺るぎない権力を確立するというねらいがあったはずだが、改選議席を下回る結果では、選挙向けの看板という小泉首相の威光にもかげりが出る。国民は、これ見よがしのパフォーマンスにだまされるほど愚かではなかった。

 他方、民主党も、大幅に議席を伸ばし、比例では第一党になったとはいえ、社民、共産という他の野党の議席を奪う結果になったわけで、民主党にとって自民党の牙城は依然として強固である。特に、前回勝利した東京、南関東などの大都市圏では、小選挙区で自民党の健闘を許し、民由合併効果が期待された東北地方でも小選挙区では自民党に大きく後れを取った。また、北陸や中四国などの自民の基盤を崩すことはできなかった。

 唯一の勝者といえるのは、公明党かも知れない。今回の選挙では、マニフェスト選挙というふれこみで、国民の関心も高いと予想された。しかし、実際には前回を下回る投票率に終わり、国政選挙における低投票率は定着した感がある。その中で、公明党は組織力をフルに発揮して、議席を増やした。議席数よりも、自民党に対して、公明党・創価学会の支援なしには選挙を戦えないという実感を刻み込んだところに、公明党にとっての最大の成果があった。

 このように、勝敗という観点から意味づけすることは難しいが、自民党を中心としてきた戦後政治の崩壊過程の始まりという点では、この選挙は大きな意味を持っている。93年から始まった55年体制の崩壊劇では、もっぱら55年体制を左で支えていた社会党が崩壊し、今回の選挙で革新の退潮はさらに決定的となった。さらに、戦後政治の中軸である自民党にまで変化が及んでいる。その変化には、さらに2つの要因がある。

 第1は、自民党のみが生来の政権政党という戦後日本の常識が崩れたことである。政権担当能力を持つのは自民党しかないという主張は、検証されざるドグマであった。このドグマが自民党による長期政権を支えてきた。しかし、政権担当能力という神話は過去のものになろうとしている。体制選択論が意味を失い、自民党が政権を失っても政治経済の基本体制は変わらないことが明らかになった一方で、民主党は衆議院の過半数を制するに足るだけの候補者を擁し、政権選択が現実的な意味を持った。自民党は政権を維持するためには、政権の実績を示さなければならなくなった。

 第2は、保守基盤の疲弊である。すでに述べたように、自民党はもはや公明党との選挙協力なしには多数を維持できない。また、農村型選挙区においては業界団体、農協、各種職能団体による集票の仕組みもかつての威力を失った。選挙戦そのものが実に冷めているのである。利益配分と引き替えに農村部での支持を集めるという日本の政治の公式が崩壊している。熊本三区において農林族の象徴的存在であった松岡利勝氏が敗北したことは、そうした変化の現れである。

 自民党の陥った隘路は、きわめて困難なものである。小泉首相という最終兵器を得て、自民党は二重人格の戦術によって体勢の立て直しを図った。一方で、小泉首相が今までの自民党による利益誘導政治とは相容れない構造改革を唱えることによって、無党派層の支持を集め、他方でいわゆる抵抗勢力が旧来の支持層に対して構造改革の骨抜きを図るという、全く矛盾する政策を示すことによって、無党派層と伝統的な自民支持者という二つの異なる支持の取り込みを図ったのである。小泉政権発足間もない二〇〇一年参議院選挙の時にはこの戦術が奏功し、自民党は息をつくことができた。しかし、構造改革と抵抗勢力の闘いというサーカスにも、国民は飽きてきた。むしろ、無党派層は抵抗勢力の存在を見て自民党を見限り、伝統的支持者は小泉改革の本質を察知して自民党支持を手控えた。その結果、東京や南関東では、小泉改革の余韻で自民党は健闘したものの、全体として見れば小泉改革に期待を寄せた無党派層の自民党離れは顕著であった。また、先の熊本の例に現れたように、伝統的保守基盤の活動量の低下も明らかである。

 小泉首相は、郵政事業と道路公団の民営化という周辺的な問題を構造改革の象徴としてあげるだけで、具体的な改革ビジョンを示すことはできなかった。二重人格戦術のもとでは、それは当然の帰結である。既存の利益を大きく損なうような改革を具体化すれば、青木、森といった小泉首相の支持基盤は崩壊する。逆に、いつまでも構造改革がスローガンにとどまれば、無党派層は小泉を離れる。来年の参議院選挙さらに次の総選挙に向かって、自民党はこの矛盾にさらにさいなまれることになるであろう。自民党が小泉流の構造改革と地域や業界に優しい利益配分という、相反する二つの方向に引き裂かれることは、もはや時間の問題といってもよい。

 こうした状況は、民主党にとってのチャンスである。しかし、民主党が政権政党に発展する途上には、いくつもの重い課題が立ちはだかっている。政権交代がより現実味を帯びた時に、有権者が本当に変化の方に賭けるかどうか、予断を許さない。マニフェストを示して政権交代を訴えたのは半歩前進であるが、民主党の政権担当能力への信頼を増すためには、政策の各論をつなぐ基本的な理念や世界観を確立することが、求められている。今までの日本社会の安定や均質性が揺らぐ中で、国民は、腐敗と非効率をもたらした旧来の利益政治ではもちろんなく、アメリカ流の競争社会を希求する小泉流の構造改革でもなく、個人が自己実現の道を追求できるような機会の平等と公平なセーフティネットを求めているのではなかろうか。民主党にはそうした願いを満たすような理念の彫琢を期待したい。

(週刊東洋経済2003年11月29日号)