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「大都市圏と地方における政治意識」世論調査報告
 
 
ベンチャーキャピタルの新局面
濱田 康行
 
 
 
はじめに

 日本にべンチャーキャピタルが出現してから30年以上が経過した。当時、異端と見られていたこの業態も、2002年末には業界組織を発足させ、ようやく金融界での市民権を持つに至った1)。現在では、100社以上のベンチャーキヤピタルが存在し、それらの投資残高は一兆円を超えている。しかし、30年余の歴史を振り返ると、その経路は平安の一本道ではなかった。日本のベンチャーキャピタルは繁栄のブームと存亡の危機を何度か繰り返し今日に至っているのである。

IRR

 ベンチャーキャピタル(以下、VC)は、将来有望と思われる新興企業に投資し、主にIPO(株式公開)によって資金回収する、という収益獲得パターンを持つ投資会社の一種である。だから、VCの成績は、いくら投資して(@)、どのくらい回収したか(A)を測ることになる。投資は主に、被投資先の株式保有(優先株もあれば、普通株もある)という型をとる。保有するものの種類により配当や分配金が得られる(B)、これも収入の一部である。IPOが行われる以前に成績評価をする際には、保有株式をその時点で評価しなければならない。この場合には保有株式等の現在価値、すなわち"残存額" (C)が考慮されねばならない。つまりベンチャーキャピタルの成績評価の式は次のようになる。

 しかし、金利と時間を考慮に入れると、もう少し複雑になる。金利を例えば、5%とすると、現在の100円と一年後の100円は価値が違う。一年後の100円は100/(1+0.05) 95円となる。いわゆる割引現在価値で、この考え方はVCの成績評価では重要である。というのは、VCファンドの存続期限は通常10年と長いからである。計算は、便宜的に投資の行われた時点を"現在"として行われる。

 例を示そう。1000万円の投資資金が当初用意され、初年に500万円、3年目に300万円、5年目に200万円と分散投資が行われた。これに対して、4年目以降10年目まで10%の配当があったとする。すると配当額は4年目に80万円、以降100万円となる。 10年目にIPOとなり1500万円で売却、残存株式はゼロとなると、次のような図1に描かれる。

 都合3回にわたる1000万円の投資が580万円の配当と1500万円の売却代金をもたらすのだが、これがどのくらいの利回りになっているかを計算したのがIRR(Internal Rate of Return;内部収益率)である。

 この<等式1>を満たすrをIRRと呼んでおり、これは投資のパフォーマンスを計るのに一般的に用いられている。しかし、VCに適用するには次の二つの問題がある。ひとつは、VCは通常投資ファンドを組成し、ここから複数の企業に投資する。それぞれの投資案件毎に図1のようなフロー図が成立するが、ファンドへの出資者にとって重要なのはファンド全体の収益評価である。だから、個々の投資の流出入フローを合計して一本とし、全体のIRRを計算することになる。第二の問題はより重大である。当然のことながら投資案件の中には未だにIPOに至っていないケースもある。だからファンド全体のIRRを算出するにはCの残余資産の評価が欠かせない。しかし、この評価方法が確立していないのである。成功と思われる企業なら、既公開の類似会社を探すこともできる。しかし、状況の良くない企業ではそれは難しい。企業はまだ生きているし、今後、成長軌道を取り戻す可能性もないことはない。そういう状況の下で、VCが自ら進んで保有株式を割引評価してしまえば、被投資先には大問題である。またVCにとっても自らの評判を考えれば問題である。そこで、割引があると思われるケースでも残存価値は投資の際の価格で計算されることが多い。その分、全体のIRRの計算値に信頼性が薄くなるのである。

 最後の問題は情報の公開である。VCの運営する投資ファンドのIRRは、それぞれの運営元で計算されているが公表されていない。一部、ファンドの成績を誇示する目的で公表される場合もあるが、それは成功したケースであることが多い。VCにしてみれば、良くない結果を敢えて発表する必要はないのである。

日本におけるIRRを合計計算

 VCのIRR計算には以上述べたような制約がある。しかし、資金調達のグローバル化が必要な現在、日本のVCがどの程度のパフォーマンスを達成しているかを示すことは重要である。それは、海外の投資家にとって不可欠の投資判断材料である。日本全体の平均値のようなものが示されていなければ、個々のファンドの善し悪しを判断できない。求められているのは、いわゆる"ベンチマーク"である。この必要性は、国内においても年金などの機関投資家から主張されている。彼らにしてみれば、なぜA社の運営するBファンドを選定したのか、そしてBファンドの結果が全体の平均に比べてどうだったのかを示さなければ、投資家(年金加入者)にデューデリジェンスを果たしたことにならないのである。

 以上のような背景もあって、2000年度から経済産業省及びベンチャーエンタープライズ・センター(VEC)によって、日本のVC全体のIRRの計算が行われるようになった。しかし、ここでも個々のファンドのIRRの公表は避けられている。公表されたのは、各年毎のIRRである。つまり、ある年に発足したフアンドを一本のファンドと見なして計算し、各年毎の成績(ビンテージと呼んでいる)を示すことである。こうしないと、VC各社毎、各ファンド毎の成績が透けて見えてしまうからである。

計測結果

 既に述べたような集計上の諸問題はあるものの、日本のVCファンドを一本として計算してみると過去の3回の調査では次のような結果となった2)。

2000年(1999年12月末の集計 99ファンド 5.1%
2001年(2001年9月末の集計 116ファンド 7.6%
2002年(2002年9月末の集計 196ファンド 5.21%

 計測として前進したのは村象ファンド数が年々多くなっていることである。これはVC協会が設立されたこともあり、VC自体がIRRの公表に前向きであることが反映している。しかしアメリカのIRR統計におけるサンプル数は800本、各年の本数も40〜80本あり、充実度はかなり隔たっている。ちなみにアメリカの総IRR(1999年12月末算出)は19.8%である。

 アメリカと比べることは余り有意ではないし、またすべてのファンドを一本と見なして計算するのも多少の問題はあるが、それにしても日本のIRRはあまり高くないのである。算出したIRRは総流出入総額IRRといって、期間中に発生したすべてのキャッシュフローを合算している。つまりVCが受け取る管理報酬も入っているのであるが、これを除くと2002年のIRRは13.3%に上昇する(出資金額加重平均IRR)。つまり、VCが手にする管理報酬がかなり大きい比率を占めている。図2は2002年VEC調査からの引用であるが、ここにも日本のVCファンドの問題が示されている。それは、パフォーマンスが-10%から+5%の間に著しく偏って分布していることである。特に多いのが-5%からゼロの間である。形だけでみると管理手数料を取るだけで実際には投資しないとこうなるわけだが、多くのファンドがこのような不活性を示しているとすれば、それはかなり問題である。


IRRの決定要因

 ファンドの成績を決定するものには二つある。ひとつは内部要因と呼ぶべきもので、まずポートフォリオ企業の顔ぶれ、つまりVCの世界で言うところのファインディングの善し悪し、それに運営者の能力、いわゆるバリューアッド(企業の価値を高めるための経営支援活動とそれをする能力)などで構成される。外部要因は、経済状況全般から株式市場の状況まで数々ある3)。

 内部要因については数値化するのが難しい。そこで外部要因についてのみ検討してみたい。外部要因のうち何がIRRに影響を与えているかを2002年のVEC調査で試みた4)。

出典)財団法人ベンチャーエンタープライスセンター『ベンチャーキャピタル投資動向調査――ベンチャーキャピタル・ファンド・ベンチマーク調査』平成15年3月

そこで見いだされた結論は、IRRに決定的なのはジャスダック指数の動きであるという事実であった。 VCから投資を受けた企業の相当数がジャスダック市場に公開するのだから、その動向が影響するのは当然の事のようだが、周知のようにこの市場には社歴30年以上という企業が半分以上あるのである。だから強い相関を示したことには何らかの意味がある(TOPIXの動きとは強い相関がなかった)。

 しかし、このことが事実であるとすればこれもまた日本の問題のひとつなのである。というのは、理想をいえばVCの投資先は、経済の全体状況や株式市場に余り影響されない成長企業なはずである。むしろ相関がない方が理想なのである。しかし、現実は、ジャスダック市場の動きにIPOの成否が影響されているのである。VCのファンドマネージャーとしては、投資先企業のIPOを相場を見ながらどういうタイミングで実行するかが重要なのである。

総括

 振り返ってみれば日本のVCファンドの成績はあまりよくないのである。VECの統計ではTOPIXのパフォーマンスと比べて若干良好であることを示したが、実のところ、それもあまり意味はない。

 日本経済の再興にはいわゆるベンチャー企業の興隆が欠かせず、そのためには多くのVC活動が不可欠である。これはもはや国策として定着している。だからこそ、まさにあまたのベンチャー支援策があり、その恩恵の一部をVCも受けている。しかし肝心のVCの成績が年率にして5%程度というのでは、リスクをとって投資している甲斐はなさそうだ。これなら為替のヘッジをかけて外国の債券に投資した方が良いと考える機関投資家は多いに違いない。ベンチャー企業よりも企業再生ファンドの方がよいという判断にもなってしまう。現在は、日本国内は異常な金余り(投資資金過剰)で低金利だから募集すれば資金は集まる。金利が普通の水準に戻った際にどうなるか。また、VC業界の念願でもある"広く"投資家を募ることが実現できるかどうか大きな懸念もある。

 VC業界は何らかの手を打つ必要に迫られている。

 まず考えるべきはVCのコスト構造である。日本のVCの人件費は高い。それは多くが金融機関の関連会社であることにそもそも由来している。さらに日本の金融機関が持っている非効率な面(組織の重複、人材の不活用等)を継承しているVCも多い。人材活用についても無駄が多い。せっかくVCの経験を積んだ職員が本体の銀行に数年で戻ってしまうという事態も日常的である。

 コストについては次の諸点も問題である。ひとつは、投資先候補企業の発掘に費用がかかりすぎていることだ。アメリカのVCは案件がやってくるのを待っているが、日本はVCの方からでかけていく。この積極的営業方式は、証券会社系である大手VCが創造したものだが、それはVCの母体からの自立を促進するというプラス面を持つものの、やはり高コストである。また、せっかく発掘した企業を審査過程中に切り捨てる率、いわば廃棄率が高い。よく、10件発掘して最終的に投資会議にかかるのは1件という話を耳にするが、それではこの1件にすべてのコストが集約されてしまう。

 結果として、あまり発掘費用もかけず、かつ成功確率の高い投資が求められるのは当然だが、その答のひとつが次に述べる大学発ベンチャーなのである。

むすびにかえて…大学発ベンチャー

 日本のVCはこれまで3度のブームを経験してきたが、これから述べる大学発ベンチャーをめぐる動きは第4次ブームといっても良い状況にある。 1998年に大学等技術移転促進法が制定され、全国の大学に技術移転機関(TLO)が設置されはじめる。ついで、2001年には時の経済産業大臣の"大学発ベンチャー1000社"の御託宜がある。以来、数々の支援策を背景に大学発ベンチャーは増加し、2003年の9月末には500社を超えたという報告もある。2002年には大学発ベンチャーの公開第一号が出現し、2003年末には極めて高い初値がついて話題をさらった企業もあった。2004年には、さらに多くの成功企業が出現するだろう(同時に今後は多くの倒産企業も出るだろう)。

 大学発ベンチャーはなぜVCにとって好都合なのか。それは、ひとつは"お買い得"なのである。というのは、大学発ベンチャーは企業になる前に多くの公的な支援を受けているのが通常である。それが国立大学で生まれたものであれば、科研費をはじめ様々な研究資金を受けている。研究者の頭脳には大学内での一連の研究の成果・知見が蓄積されている。例えば、ある大学発ベンチャーが、いくつかの特許を基に何人かの研究者が取締役になることで資本金1000万円でスタートしたとしよう。しかし、ここまでくる実際の費用はスタートした企業の財務諸表の中に表面上は含まれないのである。

 会社になってからでも、数々の補助金で資金潤沢な大学発ベンチャーはたくさんある。つまり、彼らの実像は資金のフローに苦しむ従来のベンチャー企業とはずいぶん違うのである。

 大学発ベンチャーのリスクはベンチャー企業一般より低いと言える。それは大学発ベンチャーとして出現するまでに、かなりの選別を受けているからである。企業との共同研究では、既に企業の選別の目が効いているし、高額の補助金にはそれなりの選考がある。特許についても各大学のTLOが"目利き"をしている。だから、大学発ベンチャーについては、ファインデイングの段階がかなり省略できるのである。また、大学から企業の役員になる人々は多くの場合、発明者自身であり知識独占が成立している。医薬系の場合、彼らの後ろには大学病院という大きなデータ提供機関までついている。

 先程、大学発ベンチャーの失敗もこれから出てくると述べたが、おそらく失敗の原因の多くは技術上のものではなく、経営上のそれが多いものと思われる。例えば大学の研究者に経営をまかせてしまう等である。

 企業の設立後も、著名な大学が親元ということであれば会社を支える様々な資源が集まりやすい。教授の始めた企業を簡単に倒産させるわけにはいかない。また、製品の販路も見つけやすい。なぜなら多くの場合、早い段階から企業スポンサーがついている。それは多くの場合、大企業なのである。

 まとめて言うと次のようになる。

 大学発ベンチャーは@発足時に無形の簿外資産がある、A企業が設立されたことが既に選抜されていることになる、B設立後も大学の名声によって各種支援が集まりやすい、C大学の研究室(大学病院)等との協力関係を持続できる。

 日本のVCの低IRR問題を回避するひとつの解決策として大学発ベンチャーはしばらくの間、注目されるだろう。問題は、日本の大学から持続的にそれが生み出されるかであるが、その見通しと方策は別に論じたい。


1)日本ベンチャーキャピタル協会は2002年12月に発足した。詳しくは、同協会のホームページを参照。
(http://www.jvca.jp/)

2) 「ベンチャーキャピタル・ファンド・ベンチマーク調査」 (ベンチャーエンタープライズセンター)、2001年5月、2002年3月、2003年3月の各号。

3)外部要因として考えられるものを列挙すると次のようになる。@政治状況、Aインフレ率、BGDP、C利子率、D同じ年にスタートしたVCファンドの数と量、ETOPIX、FJASDAQ指数。

4)計測結果は2003年12月に開催された、金融学会北海道部会で中村苗正氏との共同報告という形で公表した。許しくは、次のホームページを参照。(http://www.econ.hokudai.ac.jp/~hamada/)

<附託> VCの投資動向

 日本のVCの投資動向については、先に述べたVECの他に日本経済新聞も独自の調査を行っている。両調査の締切時点が半年ずつずれているので補完的に利用することができる。

 現時点で最新のものは日本経済新聞のもので、2003年9月末に発表されている。それによれば、2003年4月〜9月の投資額は約500億円で、前年同月比15%減である。地域別に見ると、国内では微増、海外(特にアメリカ)で減少した。投資件数でも17%の減。分野別ではやはりバイオ関連が拡大している。

 半年間で500億円だが、例年10月〜3月の後期に投資が増えるので年間1000億円以上の投資になるものと予想される。2000年にはITバブルで年間投資が2000億円を超えたが、その後、減少の傾向にあり本調査でもそれが続いている。

 最近のVC業界の話題は本文でも述べたが、大学発ベンチャーである。日本経済新聞の調査では、2003年10月現在で463社ある。やはりバイオ系が多く、トランスジェニック、アンジェスエムジー、オンコセラピサイエンス等、公開企業も出現している。公開企業の数に比べると、大学発ベンチャーは多数存在し、今後も国立大学の法人化に伴って大学の"起業"は活発化するので、しばらくはVCの注目先となるであろう。

 大学発ベンチャーについては、次の論文が参考になる。

桐畑哲也「大学発ベンチャー育成とベンチャーキャピタル ―求められるベンチャーキヤピタリストの投資先育成能力―」 (三菱総合研究所所報、No.42、2003)

(2004年03月31日千葉商科大学経済研究所発行『CUC[View&Vision]第17号』)