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「大都市圏と地方における政治意識」世論調査報告
 
 
疑問だらけの1円起業 資本あるから株式会社
濱田 康行
 
 
 
 資本金1円で株式会社を設立し、社長になる「1円起業」が話題になっている。昨年施行された5年間の特例制度を活用する人が増えているが、私はそれをいい制度とは思わない。

 そもそも株式会社とは、資本を用意して、それを元に事業をする組織のこと。そこの社長には経営を続けることで、社会的な責任も伴ってくる。

 事業を始めればライバル会社も多く、激しい競争にさらされる。その中で仕事を続けていくためには、株式会社なら周囲の協力を仰いででも1000万円以上の資金を用意するのは当たり前のことだろう。資本金の額が当初の信頼を作る。

 ところが資本金が1円では、そもそも事業をする資金がなく、万が一の際に資金を出す余裕もない。それは会社でも起業でもない。少ない資本で済む事業なら商店を開けばいい。

 資本が足りていない中小企業

 株式会社の社長でなければ世間から信用を得られないとも言う。でも、それは世間が見方を改めていくべき話だろう。株式会社でなければ入札に参加できないという場合もあろう。その基準を満たすには自社が資本金を増やせばいいのであって、 1円でも株式会社を名乗れるように制度を変えるのはおかしな話だ。

 起業にはリスクが伴う。だから1円起業をする人は、株式会社の経営者としての自己責任を考えてほしい。

 もともと日本の中小企業は資本不足の問題を抱えてきた。常に借金依存で経営が安定しないのが泣き所となっている。英国では株式会社において株主資本と借入金の割合は1対1にして、資金のバランスを取るのが適切とされている。それがモラルハザード(倫理の欠如)の限界だからだ。ところが日本では資本と借金の割合が1対10という中小企業が多い。資本が全く足りていないわけだ。

 だから、これまで政府はその改善に力を入れてきた。例えば中小企業投資育成会社という政府系の振興基金を作り、そこに投資をして中小・ベンチャー企業の資本金を増やした。また1990年には商法を改正し、株式会社の最低資本金を1000万円にした。いずれも株主資本の引き上げで経営を安定させ、株式会社の名前に合った組織にするのが狙いだ。

 ところが90年代になって新規開業率が減り、一方で事業主の廃業率が高まった。これに経済産業省をはじめとする政府関係者は焦ったのだろう。会社を作りやすくするために一気に最低資本金を1円に下げた。あまりに突然で急な判断だ。これまで進めてきた資本金引き上げ策を否定するもので、整合性はない。しかも、誰でも会社が作れるから確かに会社数が増えるが、本来の起業や会社のあり方と大きく懸け離れている。 1円起業の政策には理念も哲学も感じられない。見せかけの会社を増やすだけだ。

 起業率が下がる危険性

 政府が本当に開業率を高めたいのであれば、手がけることは多くある。

 例えば、ベンチャーキャピタルやエンジェルと言われる篤志家を増やす努力はどうか。まだまだ日本では起業家に資金を投じて助ける環境は整っていない。仮にベンチャー企業に資金を入れて支援したいという人がいても、どんな中小企業があって、どんな事業をしているか豊富な情報を得るのは難しい。政府が、その仲介役を果たせば、もっと支援者は増える。ベンチャー企業をうまく支援者につなげる仕組みができれば、 「では私も支援しよう」と投資家層を広げてもいける。1円起業という安易な会社作りが横行すれば、倒産する会社が増える可能性が高まる。そうなると起業に対する良くないイメージが広がり、かえって起業率を低下させることになってしまうのではないかと心配している。

(Nikkei Business 2004年9月20日号)