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「大都市圏と地方における政治意識」世論調査報告
 
 
イラク派兵によって進む「軍優先の社会」
山口 二郎
 
 

 自衛隊の先遣隊に出動命令が出て、いよいよ派兵が本格化してきた。そんな状況の中、自衛隊と市民社会との関係を大きく揺るがす事件が起こった。一月六日、札幌雪祭りの雪像づくりの作業開始式で、雪像づくりを行う自衛隊第十一師団(札幌市真駒内駐屯)の師団長は、雪祭り会場の大通公園周辺で、イラク派兵に反対する市民のデモ、行動が起こった場合、自衛隊が雪像づくりから撤収する可能性があると述べた。これに対して、札幌市は自衛隊の雪像づくりを円滑に進めるため、大通公園付近における市民の集会、デモ等に対して、公園の管理者として退去するよう指導するという方針を決めた。(以上の事実経過は、北海道新聞一月六日夕刊および七日朝刊による)

 私はこの記事を読んで、クーデターの予告だと思った。雪祭りを人質にとって、イラク派兵に反対する市民の活動をするなと、自衛隊の責任者が堂々と恫喝したのだから、これは大事件のはずである。今さら言うまでもないことだが、政府の行動、方針に対して意見を表明する自由は、民主主義の大前提であり、基本的人権の根幹である。これに対して自衛隊の責任者が正面から挑戦するとは、一体どういうことか。自衛隊員が、国民の支持のもとにイラクに行きたい気持ちは分かるが、国民に対して派兵に反対するなと要求することとは全く別である。自衛隊員にはそのような要求を行う権利はないわけで、この師団長の発言は、自衛隊の実力を笠に着た威嚇であり、市民社会への介入である。雪祭りの手伝いをしてほしければ、市民として当然の権利行使を控えろと要求するその態度は、クーデターを起こす軍人のそれにつながるものである。自衛隊のイラク派遣という憲法違反が、師団長によるデモ自制要求という新たな憲法違反を生み出している。

 さらに大きな問題は、札幌市役所が自衛隊のご機嫌を取るあまり、大通公園付近における市民の行動についてあらかじめ抑制する方針を決めたという点である。法に基づいて市民の権利を擁護すべき市役所が、自衛隊のご機嫌を取るために市民の権利を制約するなどというのは、言語道断である。上田札幌市長は、市議会で派兵に反対する意志を明確にしていたので、市役所のお偉方は自衛隊との関係について神経過敏になっているのであろう。それにしても、このような市役所の対応は、これまた法の支配の否定であり、軍への従属である。この出来事は、日本の社会が軍優先に移行しつつあることを如実に示している。

 もう一つの問題は、メディアである。こんな重大な発言をきちんと取り上げないメディアとは、何のために存在しているのか。北海道新聞は六日の夕刊の一面トップでこれを報道し、七日の社説でも自衛隊を批判していた。しかし、共同を除き大新聞はほとんどこの事件を報道していなかった。朝日、毎日は何をやっているのだ。またNHKも、六日夜のニュースで、自衛隊の活躍を紹介する記事を流していた。その中で、当の問題発言をした師団長の式辞も流していたが、厳しい環境の中で雪像を作るという部分を紹介しただけで、市民社会に対する挑戦的な言辞の部分はカットしており、そうした問題発言をしたという報道は全くなかった。

 「国のため」に、あるいは権力者の命令に従って行動したあげくに犠牲者が出るという状況は、「一億一心」をもたらす。しかし、たとえ犠牲者が出ようとも、我々は政府の行動に対して異論を叫び続けなければならない。不幸にして派遣された自衛隊の中から犠牲者が出た時どうするか。メディアも知識人も、犠牲者の前に沈黙し、一億一心状況に荷担するのか、犠牲者を生み出した元凶である政府指導者の責任を追及するのか、今から覚悟を決めておかなければならない。犠牲者の発生を奇貨として、自衛隊に対する縛りをなくし、軍優先の国を作ろうとしている人々がいるのだから。

(週刊金曜日2004年01月)