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「大都市圏と地方における政治意識」世論調査報告
 
 
アメリカ政治の潮流変化
山口 二郎
 
 

 イラク戦争が始まって一年たった三月二十日、世界中で平和を訴える市民の大規模な運動が行われた。その一週間前には、スペインの総選挙でイラクからの撤兵を訴える社会労働党が勝利し、イラク戦争を支持する有志連合の一角が崩れた。まさに、アメリカのブッシュ大統領が引き起こしたイラク戦争の失敗と、これに対する地球世論の反発は明らかである。

 私は三月八日から一週間アメリカ東部を訪れ、大学で日本政治に関して講演を行うとともに、向こうの知識人と意見交換を行った。アメリカを訪れるのは二〇〇二年一一月の中間選挙のとき以来であったが、世論の変化に驚かされた。二〇〇二年の中間選挙は九一一の同時多発テロの衝撃がさめやらぬ中での選挙であり、民主党はほとんど不戦敗の状態であった。ブッシュ大統領や共和党を批判することはほとんどタブーであった。しかし、今回アメリカの書店に行ってみると、ブッシュ政権批判やイラク戦争の内幕を暴く書物が各種平積みにされていた。新聞の論壇欄でもブッシュ批判の文章が頻繁に登場するようになっていた。アメリカ人もようやく九一一の呪縛から解放され、正気を取り戻しつつあるという印象であった。

 大統領選挙はブッシュと民主党のケリー上院議員との争いとなることが事実上確定した。私が見た世論調査ではケリーの支持率がブッシュのそれを上回っており、ブッシュは危機感を強めている。民主党の側はイラク戦争の失敗、内政における雇用現象、貧富の格差拡大という明確な争点を掲げ、ブッシュ政権に対する対決姿勢を強めている。こうした民主党の勢いは、一年半前とは様変わりである。ちょうど私が滞在中に、ブッシュ陣営のテレビコマーシャルが放映され始めた。これはいわゆるネガティブ・キャンペーンで、競争相手のケリーを誹謗するものである。投票日まで八ヶ月もあるこの段階で、テレビコマーシャルを流すというのは異例である。それだけブッシュはあせっているのであり、なりふりかまわぬ戦いを始めた。大統領選挙の行方は予断を許さないが、ブッシュの再選に黄信号がともったことは確かである。

 アメリカ世論のこうした変化は、日本にも影響を及ぼすに違いない。スペインでも政権交代がおき、アメリカ以外の国でブッシュに忠誠を尽くす指導者は、イギリスのブレア首相と日本の小泉首相だけになった。アメリカ国内でブッシュに対する不信感が高まり、戦争に対する反発が大きくなると、これらのブッシュの小姓たちの愚鈍さはいっそう鮮明に浮かび上がる。岡崎久彦、村田晃嗣など自称現実主義の評論家、学者はアメリカについていくことが日本の国益と強弁してきたが、ブッシュが失敗する可能性をまったく考慮に入れないという点で、彼らは現実的発想から程遠い。アメリカによる占領統治が失敗しつつあるという現実を踏まえて、我々は次の行動を考えるべきである。

 ブッシュは先に紹介したテレビコマーシャルの中で、ケリーについて「彼は国連決議が出るまでアメリカの安全を守るために積極的な行動をとろうとしなかった」と非難している。しかし、事実は逆である。国連決議もなしに一方的にイラクを攻撃したことによって、アメリカに反抗するゲリラに正統性を与え、アメリカの安全を脅かす結果をもたらしたのはまさにブッシュである。誤った戦争がもたらした混乱、無秩序を収拾するためには、まず戦争を引き起こした張本人が自らの誤りを認めることから始めるべきである。そして、国連主導のもとで諸民族、諸宗教の和解による新たな体制作りを始めるしか道はない。

 日本でも参議院選挙に向けて、イラク戦争人荷担したことが正しかったかどうかを検証し、国連主導の平和構築に向けて日本が何をなすべきか、議論を続けるべきである。自衛隊派兵を既成事実にしてはならない。参議院選挙の場で、小泉政権の行動の逃避を厳しく問い直すべきである。

(週刊金曜日2004年04月02日)