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「大都市圏と地方における政治意識」世論調査報告
 
 
イラク人質事件が日本人に突きつけた問い
山口 二郎
 
 

 イラクの人質事件は、結果的には解放に終わり、胸をなで下ろした。人質のうち二人は、北海道出身であり、NGO活動で活躍していただけに、他人事とは思えなかった。誘拐という卑劣な手段には強い憤りを覚える。今回の事件は、イラク戦争に対する日本の対応について大きな問題を突きつけた。

 誘拐犯の要求に応じて譲歩することは論外であるが、同時に「テロに屈しない」という原則論を唱えるだけで問題が解決するわけではない。今回の事件を三月下旬以来のイラク情勢の険悪化という文脈に位置づけ、日本としてイラク戦争にどう対応すべきかを主体的に考え直す必要があると思う。

 この二週間ほどのイラクにおける戦闘の激化や外国人を標的とした誘拐事件の多発は、改めてイラクにおけるいくつかの現実を世界中に知らしめた。第一の現実は、米英両国によるイラク戦争は、誤った戦争であったという事実である。イラクが大量破壊兵器を開発しているという開戦の口実は虚構であった。開戦以来イラク民間人の犠牲者は一万人を超えている。特にこの二週間の間、米軍はゲリラ戦への恐怖のあまり、市街地を無差別に攻撃し、モスクまで攻撃の対象にした。これにより一般市民の犠牲者はさらに増加している。ブッシュ大統領は十三日の記者会見で、イラクの民主化、解放という題目を繰り返していたが、これだけの犠牲者を出して民主化も解放もあったものではない。

 私は三月上旬、アメリカ東部を訪問したが、現地の新聞、雑誌にはこの戦争に大義があったのかという疑問を投げかける論調が、戦争を支持する議論と同じ大きさを占めていた。アメリカ世論もようやく「九一一」のショックから正気を取り戻し、ブッシュ政権の外交政策を客観的に議論するようになっていた。日本でもこの戦争は何であったのか、原点に戻って考え直すべきである。

 第二の現実は、イラク戦争は終わっていないということである。フセイン政権は打倒されたが、イラク人やイスラム教徒の反米活動は続いている。反米活動を行うイラク人をテロリストと呼ぶのはあまりにもアメリカ中心的な見方である。アメリカがイラクの一般市民を大量に殺戮すればするほど、反米活動はレジスタンスとしての正当性を持つ。アメリカの圧倒的な軍事力を前にすれば、手段を選ばない抵抗が行われても不思議ではない。そして、戦争が終わっていないのだから、イラク特措法の前提も崩れているのである。火事場の後始末は火事が消えなければできないはずである。自衛隊が人道復興支援をするという理屈も分かるが、今はその時期ではない。

 第三の現実は、日本はアメリカの側に立って参戦したということである。人質解放を求める日本政府の首脳はしきりに「自衛隊は人道支援のために行った」と説明するが、戦いの場では「敵の味方は敵」である。自衛隊が人畜無害な活動をしていても、そのことで日本が不当な戦争を支持し、アメリカの強い圧力を受けて自衛隊を派遣したという文脈を打ち消すことはできない。小泉首相が自衛隊派遣を継続するならば、復興人道支援などというおためごかしはやめて、アメリカを支持するという政治的本質を踏まえたうえで、なぜそれが正しいのか、それにともなって日本人がどのようなリスクを負うことになるか、改めて国民に説明するべきである。

 私はここで自衛隊の撤退を主張する。それは誘拐犯の要求に応えた選択ではない。そもそも自衛隊派遣の根拠となっているイラク特措法が、イラクにおける戦闘の激化という現実の前に破綻しているから、同法に従って撤兵しなければならないのである。その上で、イラク戦争に対して日本としてどう対応するか、思考停止のままアメリカについていくのか、イラクに平和を取り戻すために別の選択肢を取るのか、考え直すべきである。来る参議院選挙はそのための国民的意思表示の機会とすべきである。


(山陽新聞2004年04月17日)