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「大都市圏と地方における政治意識」世論調査報告
 
 
自衛隊派遣継続の是非について国民の判断を仰ぐべき
山口 二郎
 
 

 イラクにおける日本人誘拐事件は、日本人に大きな衝撃を与えている。本稿執筆時点ではまだ決着がついていないが、この事件は日本人に、イラク戦争にどう向き合うかを改めて考えさせた。

 私はこの欄でも、自衛隊のイラク派遣には反対を唱えてきた。その考えには変わりない。もちろん、撤退はテロリストの脅しに屈して行うのではなく、日本国民の政治的意思として行う選択である。しかし、小泉首相や政府・与党の指導者は、自衛隊派遣を継続するという強い意志を持っている。それはそれで一つの政治的判断であり、そのような決意を持っている政治家に撤兵を説いても意味はない。ここでは、自衛隊派遣という政策を続ける際に、彼らが責任ある政治家でありたいならば、何をしなければならないかを論じたい。

 三月下旬以降のイラクにおける米英両軍とイスラム教徒ゲリラとの軍事衝突の激化、そしてその文脈で起こった一連の誘拐事件は、世界中にイラク戦争に関していくつかの現実を見せつけた。

 第一は、イラク戦争は正義や道理の面で誤った戦争であり、同時に政治的な思慮に関しても浅はかで愚劣な戦争だという現実である。大量破壊兵器の拡散防止という理由が、捏造された口実であったことはもはや明らかである。イラク・ボディ・ウォッチというNGOの調査によれば開戦以来のイラク人死者は一万人を超えている。これだけの死者を出して、アメリカがイラクの民主化、自由化などという題目を唱えても、誰が信用しようか。また、フセイン政権打倒後のイラクにおける秩序構築についてアメリカが十分な準備や構想を持っていないことも明らかとなった。むしろ、ブッシュ政権の元高官が最近著書等で述べているように、イラク戦争はブッシュ大統領の私闘という性格が強い。今やブッシュその人が世界秩序に対する脅威といってもよい。

 第二は、戦争はまだ終わっていないという現実である。フセイン政権崩壊後も、ゲリラ、テロリストの活動によって毎日のように米英軍に犠牲者が出ている。さらに、三月下旬以降のイラクは、イスラム教徒と米英軍との戦争という様相を呈している。イラクで戦争が終わったというのはまったくの妄想である。私は三月末から四月初めにかけてヨーロッパに行っていた。現地のメディアは、憎悪をたぎらせたゲリラがアメリカ人を殺し、恐怖におののく米軍兵士が見境なくイラク人を殺すという悲惨な戦況を克明に伝えていた。日本のメディア、とりわけNHKは、自衛隊が「戦後」復興を支援するというイメージを強調するあまり、イラクの戦況の悲惨さを十分伝えてこなかったのではないか。

 第三は、日本はこの戦争に米英軍に荷担して参加したという現実である。イラクに派遣された自衛隊がもっぱら民生面での支援活動を行っていることは私も否定しない。しかし、その活動が復興支援であることをいくら強調しても、日本政府がイラク戦争を支持し、アメリカの強い要請に従って自衛隊を派遣したという文脈を打ち消すことはできない。アメリカ主導の占領が続いている所に軍事組織を送るということは、アメリカに荷担することを意味する。したがって、日本という国はゲリラやテロリストさらには反米感情を持つイラク国民に怨まれても仕方ないという決断をしたのである。

 この三つの現実に照らして考えると、イラク特措法はすでに失効したと判断せざるを得ない。まず、事実の次元でイラク特措法は意味を失っている。イラクの戦争は終わっていない。サマーワの自衛隊も治安悪化のため宿営地の外では支援活動ができないという事実こそ、自衛隊派遣の前提となっている現地の秩序回復が虚構であることを物語っている。火事場の跡片付けは、火事が消えなければできないはずである。その意味で、現在の自衛隊派遣は、イラク特措法にさえ違反するものである。

 「テロに屈するな」という主張をする人々の中には、今回誘拐された日本人の軽率さを批判する声もある。確かに、「イラク市民を救う」という善意がテロリストには通用しないという現実認識について、彼らは甘かったのであろう。しかし、甘いという点では、世界に向けて「自衛隊は人道支援のために行った」というテロリストへの反駁を繰り返す政府首脳はもっと大甘である。イラク特措法を成立させるためにイラクに行って現地は安全だと言った神崎武法公明党代表の言動など犯罪的である。「敵の味方は敵」というのは政治における鉄則である。不法な戦争を引き起こしたアメリカの味方となることを世界に公言し、軍事組織を現地に派遣した以上、日本はイラク戦争の被害者にとって敵であることを選んだのである。

 こうしたリスクを明らかにしないまま自衛隊を派遣した小泉首相の政治的責任は重大である。仮に自衛隊を撤退させないならば、民主的法治国家の指導者として次のことを行って改めて国民の選択を仰ぐべきである。イラク特措法が破綻した以上、自衛隊派遣を続けるならばその根拠となる新たな法律を提案しなければならない。そこでは、復興支援などというおためごかしではなく、アメリカの軍事行動や占領を支援するという政治的本質を明らかにすべきである。そして、そうした政治的選択にともなうリスクについて国民の覚悟と理解を求め、またそれだけのリスクを冒して、一体日本がいかなる大義を追求するのかも国民に説明しなければならない。

 本来は憲法九条を改正しなければこんな法律は作れないはずである。しかし、現実の派兵を正当化するためには、改憲の前段階としてこうした内容の法律を作るしか道はない。ただし、日本の国是を変更する重大な法律を今の国会の多数派に任せるわけには行かない。小泉首相は以上のような法案を作ったうえで、速やかに国政選挙における争点として国民の判断を仰ぐべきである。本来なら解散総選挙にも価する争点であるが、少なくとも参議院選挙で民意を問うべきである。イラク特措法などという虚構の上に国民を欺き続けることは許されない。

(週刊東洋経済 4月24日号)