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「大都市圏と地方における政治意識」世論調査報告
 
 
小泉政治のほころび
山口 二郎
 
 

 この半月ほどの間、小泉首相をはじめとする与野党幹部の年金未加入・未払い問題の露見、首相の北朝鮮訪問など、大きなニュースが次々と新聞をにぎわした。しかし、騒ぎを引き起こした根本にある問題は何一つ解決していない。むしろ、話題を作り出すだけの小泉流手法の限界が、そこに露呈しているように思える。

 北朝鮮訪問では拉致被害者家族五人の帰国という最小限の成果しか上げられなかった。そもそも現在の北朝鮮を取り巻く情勢を冷静に見れば、首相の訪朝によって拉致問題や核開発の抑止などの懸案を一気に解決することが難しいことは明らかであった。政府与党内にも、この時期の訪朝を疑問視する声があったという報道も存在した。成果の乏しさについては、拉致被害者から強い不満の声が出て、参議院選挙に向けて拉致事件の解決で手柄を立てようという小泉首相の思惑は外れた形となった。そして、拉致事件や核問題の解決は、朝鮮半島全体の平和を求める動きの中で粘り強く取り組むほかはないことが改めて明らかとなった。

 年金未加入の一件は、外交問題以上に小泉首相の信頼性を損ないかねない大きな問題になりうる。この件に関しては、問題は二つある。一つは、首相が国民に対して事実を率直に伝えなかったことであり、もう一つは、年金制度の本質を厚生大臣も務めた首相が十分正確に認識していないことである。

 首相が年金加入について嘘をついたことは明らかである。年金未加入に関する発表は、五月一四日、北朝鮮訪問の発表と相前後して行われた。こうした情報の出し方は、北朝鮮訪問という重大ニュースの陰に年金問題を隠して、年金未加入に関する世論の批判を避けようという見え透いた手口である。そもそも公人たる首相が社会保険に関して義務を履行したかどうかという重要な情報を、秘書官が発表し、記者の質問に答えるということ自体が異常である。国民年金の制度がわかりにくく、四〇年前の加入状況がなかなかわかりにくいというのであれば、最初からきちんと払っているなどと断言すべきではない。

 第二の問題は、より深刻である。日本の公的年金制度は賦課方式をとっている。これは、現役世代の負担によって高齢世代の年金を払うという仕組みであり、賦課方式の年金は世代間の所得移転という性格を持っている。閣僚や政治家の年金保険料未納が露見した時、政府与党の幹部は、未納議員について本人が将来年金をもらえないだけであって、問題はないと擁護した。

 しかし、これは賦課方式の年金制度の本質を理解しない暴論である。公的年金は貯蓄ではない。年金保険料を払わないということは、高齢世代を支える国民的な連帯から自分だけが離脱することを意味する。高齢者の扶養という社会全体の課題について、未納議員はフリーライダーとなっているのである。制度に対する無知が理由であるにしても、長年年金保険料を払わなかった政治家に、年金制度改革を通して国民に対して負担を求める資格はない。坂口力厚生労働大臣は、雑誌のインタビューで所得比例方式を主張する民主党の年金改革案には世代間の助け合いの思想がないと批判した。これは的を射た批判である。ならば、助け合いの輪に入ることを怠っていた公明党幹部の責任はどうなるのか。また、小泉首相は政治の最高責任者として、政治への信頼を回復するために保険料未払い議員に対してけじめをつけるべきである。福田康夫官房長官の辞任だけで終わる話ではない。

 年金制度の本質を知らない国会議員によって、年金改革法が審議され、成立しようとしているという事態は、まさに日本政治の質を物語る戯画である。今回図らずも国会議員諸氏が身をもって示したように、現在の公的年金制度には多くの欠陥がある。また、実際にも国民年金保険料の徴収率が著しく低下していることに現れているとおり、国民年金制度は破綻しつつある。今回の年金改革は五年に一度の財政再計算に基づいて数字の辻褄を合わせるために提出されたものである。保険料徴収率の低下、少子化の一層の志向などによって、今回の改革案が机上の空論になることも予想される。公的年金制度が国民の信頼に基礎を置く社会的インフラである以上、この国会では年金改革法案を廃案にすべきである。そして、持続可能な年金制度を確立するための議論を正しい意味での政治主導で行うべきである。年金制度を管理する厚生労働省の官僚は、積立金の運用を私物化するとともに、つじつま合わせの制度改革を繰り返すことで、年金制度に対する国民の信頼を損なってきた。年金制度の再構築は、政治家の知性と良心が問われる問題である。

 今まで小泉政権は、政策的成果はそれほどないにもかかわらず、次々と新たな問題を提起し、騒ぎを起こすことによって支持を得てきた。永田町が民意からあまりにも乖離したため、小泉が破天荒な振る舞いをすることが国民的支持の源泉となってきた。その意味では、国民が小泉を評価する際の軸も混乱している。その混乱は、訪朝直後の世論調査にも現れている。『朝日新聞』五月二四日掲載の世論調査によれば、訪朝を評価する者は六七%に上り、内閣支持率も五四%に上昇した。しかし、北朝鮮に対する援助に反対する者が六一%もいた。この数字にも表れているように、国民自身が小泉首相に対して、政策的対応は反対だが、政権は支持するという矛盾した反応を示しているのである。

 国民の側の矛盾、混乱が続く限り、小泉政権は安泰かもしれない。小泉首相の黒子である飯島秘書官は、情報やメディアの操作を通して、そうした混乱を持続しようとこれからも様々なイベントを工夫するのであろう。しかし、そうした奇策にもそろそろ国民は飽きてくる時期ではなかろうか。黒子のはずの秘書官が記者会見で釈明に追われるという事態、秘書官が特定テレビ局に北朝鮮への同行取材を拒否したという暴走が社会的非難を集めるという事態などに、小泉政治のほころびを見る思いがする。

 今の政治に必要なことは、国民の判断力を信頼して、正攻法で政策論議を提起することである。国民にとって関心の深い年金問題はその格好のテーマとなるべきであるし、七月の参議院選挙はそうした議論を行うための舞台とするべきである。

(週刊東洋経済6月5日号)