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「大都市圏と地方における政治意識」世論調査報告
 
 
戦後政治の終わりに向けたカウントダウンが始まった
山口 二郎
 
 

はじめに

 今回の参議院選挙について、自民党が事前の予想よりも踏ん張って明確な敗者が存在しないこと、革新政党の淘汰が進み二大政党制への流れが明らかになったものの、自民党と民主党の対立構図がはっきりしないことなどを捉えて、「すっきりしない」といった形容をする識者もいる。政治の現状を悲観的に論じることについては人後に落ちない筆者であるが、今回の選挙の結果については、長らく続いた政治の過渡期がようやく終わりに近づいたかという深い感慨を覚えた。トンネルの向こうに光が見えてきたという希望を感じたのではない。今まで自民党が曲がりなりにも支えてきた戦後政治がもうすぐ終わり、この二、三年のうちに本当の政治決戦がやってくるという予感がするのである。

 ポスト戦後政治が民主主義の深化につながるのか、衰弱を意味するのかは、予断を許さない。しかし、我々は政治の変化に背を向けることは許されない。ポスト戦後政治の立ち上げに向けた取り組みを始める出発点として、この参議院選挙を位置づけたい。

1 自民党の延命がもたらした失われた十年

 自民党が担ってきた戦後政治とは、集権的官僚支配、自民党による永続政権、平等志向的利益配分政治、憲法九条の下での対外的消極主義などを柱としてきた。そして、一九九〇年前後から冷戦構造の崩壊、バブル崩壊による拡大経済の終わりという二つの大きな変動によって、それらの柱はすべて崩れようとしている。詳しい経緯については、六月に刊行された拙著『戦後政治の崩壊』(岩波新書)を参照していただきたい。単純化して言えば、戦後政治の柱が崩れることにともなって、内政、外交の両面で大きな課題が生まれた。国内においては、拡大経済の終わりや人口構成の変化に対応して、官僚のタテ割りと自民党の利権政治によって固定化された資源配分を変更することが必要となった。対外的には、冷戦構造の重石が取れて世界唯一の超大国となったアメリカが、自国の権益を追求するために世界各地で直接的軍事行動を起こすときに、日本がこれにどう対応するか、共産圏を仮想敵とした安保条約の構図をいかに転換し、新たに運用するかが問われてきたのである。

 これらの大変動に対しては、現に権力を持っている自民党・官僚連合軍による漸次的変化では対応できなかった。新たな主体によるパラダイムシフトこそが必要とされた。この適応不全に関しては、とりわけ政治の側の責任は大きい。官僚組織とは本性上自発的変化は苦手なものであり、政策の大枠や組織を変えることについては、政治の指導力が必要だからである。

 その意味で、現在の日本政治の混迷は、五五年体制が崩壊した一九九三、四年という最初のチャンスをつかみそこね、自民党政治にきっちりと終止符を打てなかったことから始まっている。あの時非自民連立政権は、自民党政治のどこから変えるかという構想を十分持っていなかった。そして、選挙制度を変えただけで、自民党や官僚の権力を支えている政策や制度の中核に迫ることは出来なかった。そして、自民党は短期間の下野の経験から、権力こそが自民党を支える唯一の接着剤であることを実感し、他の政党をたらしこむことによって復権した。自民党による連立政治の軌跡からは、あくなき権力欲と機会主義しか伝わってこない。

 小泉政権も、所詮は自民党の機会主義の一つの現れであった。森政権時代に自民党はあまりに内向きになり、世論を無視したため、窮地に陥った。そこで、自民党は外見のよい小泉を首相にしてこの窮地を凌ごうとした。国民は自民党に辟易していたからこそ、小泉の「自民党をぶっ壊す」という啖呵に期待したのである。しかし、小泉も自民党の枠を超えることはなかった。小泉政権下でも、たとえば食肉偽装事件などの悪質な汚職事件は起こった。それらが首相のせいだとは言わないまでも、改革という看板を掲げながら小泉が自民党や官僚の業である利権体質に無関心であったことは確かである。

2 不作為としての小泉政治

 政策転換を待望して鬱々としていた国民にとって、「構造改革」というスローガンは魅力的に響いた。しかし、小泉政権が提示した改革の具体的実行は、道路公団総裁の解任劇に示されるように、例示的エピソードにとどまった。小泉改革においては、目指すべき社会経済像に基づいて体系的に政策を組み立てるといった類の議論は、ほとんど存在しなかった。何が構造であるかを小泉は語らないままであった。

 むしろ、小泉政治は内政、外交の両面において、不作為によって特徴づけられる。対外政策に関しては、アメリカによる安保条約変質のイニシアティブを徹底して受動的に受け入れた。これは小泉以前の自民党政権から始まった現象である。小泉は九一一以後アメリカの一極主義的軍事戦略に完全に同調し、日米安保体制の変質をいっそう加速した。いまや日米安保は、日本を外敵から守るための枠組みから、アメリカによる世界各地における軍事行動を日本が後方から支援するための仕組みに転化した。小泉は憲法九条の制約を無視して自衛隊をイラクに派遣し、選挙直前には国民や国会に諮ることなく多国籍軍への参加をブッシュ大統領に表明した。こうした選択は、深い戦略と周到な思考の結果ではなく、アメリカの言うとおりにしておけば間違いないというドグマの反映である。国際政治に対する一見能動的な参加も、その思考においては主体性を放棄した不作為が貫徹している。

 内政についても同じことが言える。小泉政権のもとで始まった景気回復は、小泉首相自身が言ったように政府が何かをしたからもたらされたものではない。個別企業のリストラや生産拠点の移動が景気回復につながったが、そうした変化にともなう負の側面---雇用の不安定化や格差の拡大---については、政府は手をこまねいたままである。また、小泉政権は医療保険や年金制度の改革を進めたが、それは制度の抜本改革には程遠く、帳尻を合わせるために国民負担を増やすという政策変化にとどまった。経済の実態においては競争原理の浸透や格差の拡大を放置し、政策に関しては財務省や厚生労働省の官僚の入れ知恵のままに国民負担を増やすという点で、小泉政権の政策の基調は不作為であったということができる。

 今回の参議院選挙は、投票日のほんの二ヶ月前までは自民党にとって負けるはずのない戦いであった。民主党は菅直人前代表の年金保険料未納問題による自滅状態で、党首の引き受け手もない有様であった。景気は長いトンネルを抜けて回復を始め、地域的な落差はあるものの経済の先行きには楽観が広がりつつある。外国では、イラク戦争を推進した首脳は厳しい批判に打ちのめされているが、一人小泉首相だけは高い支持率を謳歌していた。そして、北朝鮮から拉致被害者家族を帰国させた際には、小泉の非力を非難した被害者家族がバッシングされる有様であった。

 自民党の敗因は、国民が小泉改革の本質が不作為にあることに気づいた点にあると筆者は考える。景気が回復したといっても、普通の生活者にとっては実感のない話である。また、多国籍軍参加と年金改革の強行採決は、小泉政治の空虚さを見せ付けた。首相としては不適格とも思える開き直りや論理のすり替えは、大事を成し遂げるための方便ならば許せる。しかし、経済や国際情勢の流れに身を任せるだけで、小泉首相が権力維持以外の大事を持っていないことが明らかになれば、強弁や過剰な演技は反感を招くだけである。かくして、小泉神話は崩壊した。

3 自民党政治の最終危機

 表向き自民党の否定を看板とする小泉を権力維持のために利用するという路線は、自民党にとって決定的な矛盾をはらんでいた。仮に小泉が約束どおり自民党をぶっ壊したならば、文字通り自民党政治は終わる。逆に、言葉だけで自民党の古い部分が温存されたならば、国民の絶望はいっそう深いものになり、自民党がいやだから他の党に入れるという投票行動が広まることになる。今回まさに小泉への幻滅が投票を通して表明されたのである。

 三年前も今回も、自民党は、小泉首相が無党派層の票を吸い寄せる一方、業界団体に支えられた官僚OBが既得権の温存を訴えて組織票を確保するという戦術を取った。三年前は驚異的な小泉ブームの中でこの矛盾を詮索する有権者は少なかった。しかし、今回は国民も自民党の二重人格を見抜いた。無党派層は小泉首相を見限る一方で、建設業者を中心とする地域基盤や業界団体は規制緩和や公共事業削減という不作為を基調とする政策の結果として衰弱し、政治的な動員力を失った。自民党のこのような危機は、小泉首相の失言がもたらした急性のものではない。根の深い慢性の病を小泉の人気で三年間ごまかしてきたが、とうとうごまかしきれなくなって顕在化したものである。

 そして、自民党にとってより深刻な危機は、今回の敗北を敗北と受け止める感性が存在しないことである。事前の世論調査の結果から、政府・与党にとってある程度の敗北は織り込み済みであった。選挙戦終盤では公明党になりふりかまわぬ協力要請が行われ、与党首脳からは勝敗の分岐点を引き下げる発言が相次いだ。世論調査の伝えた最悪の数字よりはましで、民主党と一議席しか違わないということで、自民党の中には奇妙な安堵感さえ感じられた。

 最長あと三年は国政選挙をしなくてもすむのであり、公明党の協力を得て当分現在の政権を維持できる。いわゆる抵抗勢力にとっては、この選挙で小泉改革に対する国民の厳しい批判が表明された方が、今後の人事や政策をめぐる政権運営に関して有利な構図を作り出すことができる。いまさら派閥抗争を起こし、古臭いボスが小泉に取って代われば、それこそ自民党は国民から愛想を尽かされるということくらい、機を見るに敏な政治家は分かっている。小泉という看板を維持しながら、人事や政策について旧習を回復できるのだからまあいいかというのが自民党の大勢である。この敗北感の欠如こそ、自民党という政党の生命力の枯渇を物語る。今回の敗北に、敗北という意味づけを与える政治家がいないということは、自民党の中にポスト小泉を担う気概と見識を持った政治家がいないということを意味するのである。

 かくして、自民党が敗北という現実から目を背け、安逸をむさぼれば、それだけ自民党政治の終わりが近づく。この十年、自民党のあくなき権力欲によって本来必要とされた政策転換や政党の再編が妨げられたことが政治閉塞の原因であった。今回の選挙結果を見て、そうした停滞状況の終わりがようやく見えてきたという感懐を筆者が抱いたのは、以上のような理由による。

4 ポスト戦後政治の構想

 自民党政治の終焉の後、次に来るものが何なのか、まだ分からない。小泉政治の中で現れた破壊的要素---無内容なパフォーマンスの蔓延、安倍晋三や石破茂に代表される平和ボケしたタカ派による軍事的冒険主義、競争原理の無際限な拡大---が、次の政治の基軸になる危険性もある。古い仕組みの終わりが単なる混沌に終わらないようにする上で、野党の責任はきわめて大きい。では、二大政党制の一翼を担うことが国民によって認知された民主党は、これから何をなすべきであろうか。民主党の戦い方のイメージとして、以下大雑把なシナリオを提示してみたい。

 民主党は自民党の陰画のようなものであり、自民党と同じ雑居政党である。将来的に自民と民主の二つが二大政党制を担うということはありえない。権力を保持することだけを目的とするような政党が政権のキャッチボールをすることを、国民が、また日本政治のおかれた環境が許すとは思えないからである。

 ただし、雑居政党民主党には大きな歴史的使命がある。それは、自民党政治に完全に終止符を打つこと、日本政治の時計が逆回りしないように制度的な土台を埋め込むことである。具体的には、集権的官僚支配を打破するために、裁量的補助金を廃止し、財政面での地方分権を進めること。政治主導による政策形成を進めるため、内閣・行政府における政治家と官僚の役割分担を明確にし、政治家による圧力や口利きを排除すること。メディアや市民社会に対する権力的な介入を排除し、風通しを良くすること。自民党政権を倒した上で、これらの改革を実現すれば、日本の政治は次の段階に進む。

 もちろん、国民の支持を獲得するためには社会経済政策や対外政策についてもビジョンを示さなければならない。基本的な対立の構図は、アメリカ・モデル---競争原理と一極主義とヨーロッパ・モデル---社会的連帯と多国間主義の競争ということになるのであろう。そして、小泉自民党が一応アメリカ・モデルを追求していることへの対抗上、民主党はヨーロッパ・モデルを掲げるべきである。今回の選挙で民主党を勝たせたのは、景気回復の実感を持たず、雇用や年金について大きな不安を持っている普通の人々なのである。その人々の願いに応えるのは、ヨーロッパ・モデルである。政治行政の土台を改革したうえで、民主党がヨーロッパ・モデルを追求していけば、そこから政策に即した政党再編が始まるであろう。

 そうした再編の障害となるのが憲法問題である。落ち目の自民党が公明党にさえ見放されるという気配が出てくれば、彼らは憲法改正論議を持ち出して、民主党の分裂を図るであろう。憲法論議を梃子に、保守的な部分を民主党から引き剥がして与党の再編を図るというのが、自民党にとって最後の手段となる。自民党政治の根を断ち切る前に、憲法問題を軸として再編が起こるというのは、最悪のシナリオである。民主党は二〇〇七年までに行われる次の総選挙を改憲選挙にしないために知恵を働かせるべきである。

 筆者も未来永劫憲法改正をするなと言いたいわけではない。憲法改正は十年程度の幅で考える問題であるのに対して、自民党政治の転換は三年の幅で実現すべき問題である。憲法改正の具体的な手続きを決めることだけでも、一、二年の時間は必要である。(ちなみに、現在自民党が準備している憲法改正のための国民投票法案は、国民の憲法制定権力の重大性を無視した欠陥品である。)

 政治においては、「議論の本位を定める」ことがきわめて重要である。個人として憲法改正を論じるのは自由であるが、いつごろ、どのようにして憲法改正を実現するかについて、政治家は大局観を持つべきである。権力を維持するための道具でしかない自民党の憲法改正論議にまともに付き合い、自民党ペースの憲法改正のスケジュールに乗るということは、政治的には極めて愚かな行為である。論憲の姿勢は維持しつつ、社会保障、少子化対策、雇用など当面の最重要課題について、具体的な政策論議を進めるという姿勢こそ、民主党の取るべき路線である。

 思えば、九三年以来我々はポスト戦後政治の立ち上げという課題について、ずいぶん回り道をしてきた。少子高齢化対策や雇用問題のように、時間の経過とともに問題がますます深刻化し、解決がいっそう難しくなったものもある。同じ失敗を二度繰り返すわけには行かない。三年のうちに必ずやって来る自民党政治の総決算の機会に、野党はポスト戦後政治の明確な構想を掲げるべきである。

(8月5日発売論座9月号)