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「大都市圏と地方における政治意識」世論調査報告
 
 
戦後政治の終わりのあとに何が来るのか
山口 二郎
 
 

 戦後もまもなく六〇年がたとうとしている。戦争の悲惨と敗戦による解放を経験した人々によって形成された戦後政治の骨格も、時の流れとともに脆くなり、そろそろ耐用年数を迎えているように思える。古い枠組みの倒壊、つまり戦後政治がともかく築いた財産が烏有に帰するのを拱手傍観するのか、戦後の財産の上に新たな枠組みを構築するのか、これから数年が岐路となるように思える。

 たとえば、先日の参議院選挙にも戦後政治の終わりを示す兆候をいくつか見出すことができる。たとえば、利益配分政治の崩壊である。自民党にとっての戦後民主主義とは、地域や業界団体の要求に応じて政策によって恩恵を配分するという作業であった。しかし、財政悪化や規制緩和の趨勢の前に、利益配分の民主主義は収縮してきた。かつての受益者は自民党の先生にお願いしても得るものはないことを察知している。地方における保守の集票マシーンの崩壊現象は、もはや不可逆的である。

 あるいは、自民党こそ唯一の政権政党という神話の崩壊である。戦後を生きた日本人によって、自民党が政権政党であることはあまりに当然の前提であった。この十年あまりは様々な政党が自民党に挑戦し、政権交代を叫んだが、客観的に政治家の品定めをすれば自民党の方が、豊富な人材をそろえていたことは、自民党批判を繰り返してきた私も否定しない。しかし、今回の参院選で自民党における人材枯渇がはっきりした。何よりも、敗北を敗北として厳しく受け止め、政策やリーダーシップのイノベーションに取り組む政治家がいないところにそれが現れている。最大派閥橋本派は、日本歯科医師連盟による一億円献金事件で動揺し、自民党の屋台骨を支えた昔日の面影はない。次の国政選挙までの三年間を、公明党との連立でつなぎ、その後のことはその時考えるという退嬰的な雰囲気を見ていると、自民党の責任感の欠如を嘆きたくなる。

 日本の戦後政治は、平和、民主主義そして豊かさという三本の柱から成っていた。もちろん立派な軍隊を持ち海外で活動したいと願う人もいたが、日本は軍事面では小さな存在にとどまるべきだという戒律は戦後政治の大前提であった。また、民主主義の中身については保守と革新の間で考えの違いがあったが、先に述べたとおり自民党は平等な利益配分という意味での民主政治には熱心であった。そして、どこの地域でも、どのような職業に従事している人に対しても、豊かな暮らしをもたらすことに政治家は追い求めた。その点で、自民党は大きな目標を達成したと評価されよう。

 小泉首相が「自民党をぶっ壊す」というスローガンにまじめに取り組んだとは思えないが、彼は三つの柱を積極的にぶっ壊す、あるいは壊れるままに放置するという意味で、戦後政治の最終ランナーという役割を演じている。平和に関しては、多国籍軍への自衛隊参加によって、戦後の枠組みの変更を決定的にした。さらに最近では、政府与党の首脳から自衛隊は専守防衛の制約をはずし、攻撃能力を持つべきだという発言まで飛び出している。平等な豊かさを追求する自民党流の民主主義という枠組みについても、小泉政権は競争原理の浸透、格差の拡大を加速することによって、転換させている。

 確かに、かつての貧困や地域間格差は姿を消し、日本中で人々は豊かな消費生活を謳歌している。また、憲法九条のもとで日本は何もしないことこそが世界平和のためになるという時代は過ぎ去ったのだろう。したがって、戦後政治のモデルチェンジは不可避である。しかし、小泉政権が提示している方向---外における対米軍事協力の深化と内における競争原理の浸透---が唯一の選択肢だとは思えない。威勢のよいスローガンに流されるのではなく、豊かさ、平等、平和といった戦後政治の基本理念の中身を考え直すことが求められている。

 たとえば、景気回復のもとでの選挙で自民党が負けたということは、これからの豊かさや平等を考える上で大きな示唆をはらんでいる。普通の国民は数字上の景気回復とは無縁であった。むしろ、社会保障や雇用に関する不安、公共事業や地方交付税が削減される中での地域社会の危機など、より長期的な問題を重視し、小泉政権の経済政策を評価しなかった。そこには現代的な貧困が潜んでいる。族議員と官僚が地域や業界団体のために政策的恩恵をばらまく時代は終わった。しかし、規制緩和と小さな政府が万能薬ではない。自分の足で立つ意欲と能力を持った人間が、人間らしい生活を送れるような社会の土台を維持することは、これからの政策の課題であり続ける。業界ごとに細分化された政策ではなく、国民全体を包摂するような社会保障や雇用政策を作り出すことは急務である。

 イラク戦争への深入り、とりわけ小泉首相が国会や国民に諮ることなく多国籍軍への自衛隊参加をアメリカに約束したことも、自民党の敗因の一つであったろう。アメリカの国務副長官に九条改正を求める発言をさせ、それをテコに改憲論議をあおるという自民党政治家のやり口には、普通の国民は反発を覚えるのが当然である。各種世論調査で九条を支持する人が過半数であることに示されるように、日本国民の多数派は、精神としての九条を保ちながら、日本の安全を確保し、世界の平和に貢献する道を模索している。その種の議論においては、アメリカのために自衛隊を使うのか、国連を中心とした国際正義のために自衛隊を使うのかが対立点となるだろう。

 これから次の国政選挙までの二、三年は、戦後政治からポスト戦後政治への過渡期となるであろう。自民党であれ野党であれ、小泉政治を否定する者はこの間にポスト戦後政治の構想を練り上げなければならない。落ち目の自民党は、権力維持のための最後の手段として改憲論議を仕掛けて野党の分断を図るであろう。しかし、今の日本に「国の形」などという空疎な弁論大会に耽っている暇はない。平和と平等に関して具体的な議論を重ねることがとりわけ野党に求められている。

(週刊東洋経済8月21日号)