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「大都市圏と地方における政治意識」世論調査報告
 
 
平和と平等は世界共通の理念
山口 二郎
 
 

 八月一五日から一週間、駆け足でアメリカ、イギリスに行って来た。いずれも会議に参加し、研究者の友人と議論するためであった。そこで感じたことは、当たり前のようだが、平和と平等を求める学者は学問の世界では主流だということである。

 アメリカは、月末の共和党大会の直前で、ブッシュ、ケリー両候補の論戦の最中であった。ブッシュ陣営は、みずからのベトナム兵役回避の経験を棚に上げて、ケリーのベトナム戦争中の軍歴に虚偽があるというキャンペーンを行っていた。ブッシュの父親の選挙の時もそうであったが、共和党は選挙に勝つためには事実を歪曲し、悪宣伝をすることもいとわない。そして、困ったことに嘘がメディアで流通し、ある程度人々に浸透する。

 ボストンで話題の映画『華氏911』を見たが、あの映画の最大のテーマはアメリカにおけるメディアの貧弱であろう。マイケル・ムーア監督は、テレビや新聞が伝えない呆れるほど基本的な事実を映画によって伝えていた。ニューヨーク・タイムズのような比較的質の高い新聞を読む人は国民のごく一部であり、大半は大衆紙とテレビによって情報を得る。そうしたメディアが大資本によって動かされ、基本的な事実に蓋をすると、人々は虚偽を前提にして行動する。アメリカは我々が想像している以上に、情報流通の不自由な社会である。ブッシュ陣営のデマを否定するためにケリーがエネルギーを使わされるという状況を見て、アメリカ大統領選挙の行方について暗澹たる思いがした。

 このような暗い気分でイギリスへ行き、グローバリゼーションに関する世界的な会議に参加し、日本の状況についても報告した。この会議にはアメリカを含めほぼ世界中から研究者が集まり、国連やNGOの人々も参加していた。私を含め、参加者が共有したテーマの一つが、グローバル化の中でいかにして人間の尊厳を守り、社会的価値を実現するかという問いであった。

 ムーアの映画にも描かれたとおり、アメリカの一極主義的な外交政策の失敗、格差拡大にともなう社会の崩壊は明らかである。市場中心主義というアメリカ・モデルを追求するという意味でのグローバル化は、第三世界にも先進国にも大きな犠牲をもたらしている。これをどのように制御するかが、この会議の主要なテーマであった。デヴィッド・ヘルドというイギリスの政治学者は、基調講演で、二〇世紀が競争、経済成長、一極主義的軍事力の行使などを基調とするアメリカの世紀であったとするなら、二一世紀は平等、公正、人間らしい生活の確保、多国間の協力などを追求する社会民主主義理念を追求するヨーロッパの世紀にしなければならないと主張した。彼のヨーロッパ中心主義に対しては反発もあったが、社会民主主義と多国間主義によって世界を動かすという点には、ほとんど反論はなかった。

 ブッシュという人は、ヘルドの言うアメリカの世紀を極端なまでに体現し、それを各国に押しつけようとしている点で、世界中に対して重要な問題提起をしているということができる。ブッシュが言ったのとは別の意味で、「アメリカにつくのか、つかないのか」が世界中で問われているのである。残念ながら、アメリカ国内では情報制御などのせいで、普通の人々はアメリカ的システムが何をもたらすかを十分理解していない。ムーアが描いたとおり、グローバル化によって下層に沈み、生活に苦労している若者が兵隊になり、アメリカ流グローバル化によって大もうけしているブッシュとその同類のために戦い、犠牲になっている。

 日本では、とりわけこの問いが重要である。戦争と不平等か、平和と平等か、これほど分かりやすい対立の構図はない。アメリカの威を借りた九条改正論や武器商人のための改憲論に断固として反対の声を上げるときである。日本はアメリカよりも自由な議論が可能なはずである。

(週刊金曜日8月27日号)