メガバンクの対極に地域金融機関がある。金融当局の方針は、メガバンクの再建・再編に目処がついたので次は地域金融機関の番ということらしい。この方針に、あまり反対がないのは次の二つの事情による。ひとつは、金融当局の主張のようにいくつかの地域金融機関が厳しい状況にあること。そして、なにより重大なのは、日本の地方・地域経済が大変危険な状態になっているという事実である。
金融当局は、リレーションシップ・バンキングなる言葉をアメリカから緊急輸入し、これを手本に日本の地域金融機関を再編成しようとしている。そして、ここが肝心なのだが、一定の方向付けをするまでは当局による監視・監督を強めると公言している1)。しかし、当局は地方・地域経済の現状を充分に把握しているのだろうか。そもそも地域経済の発展に金融機関がどのような役割を果たしうると考えているのだろうか。確かなビジョンを持って船団をリードしようというのなら、多少の監督強化にも理由はあるかもしれないが、果たしてどうだろうか。
地方・地域を拠点とする金融機関は、地方経済の発展によって支えられている。この命題はあまり疑われていないのだが、よく現実を観察してみると異論も見えてくる。
預貸率が低いということは預金は集まっているが貸し出し先が少ないという事を意味する。資本主義経済では、企業の経済活動を金融機関が円滑な資金供給でもって支える事が成長の条件となる。そうだとすると、貸し出し先が少ないということは低成長、もっと露骨に言えば地方経済の停滞を意味する。
現実はどうであろうか。地域金融機関として信用金庫と信用組合を見てみると、預貸率の全国平均はそれぞれ58%と61%である。北海道のような経済状況のよくない地方では、この比率はもっと低く、50%(信用金庫全体)になる。北海道には預貸率が30%台の金融機関もある。先の命題によれば、こうした預貸率の低い金融機関は経済の停滞した地域に立地しているのだから経営的にもなかなか厳しい状況にあることになる。しかし事実はそうではない。『エコノミスト』(2004年9月28日号)によって東北・北海道地区の信用金庫の収益率と預貸率の関係を調べてみたが、はっきりした相関は認められない。むしろ預貸率の低い金融機関が収益ランキングの上位を占めている。
誤解のないようにここで一言断っておこう。貸出先がないにもかかわらず、収益を上げているということは、貸出以外の資金運用で良い成績を上げている証拠である。ただ国債を買い続けているケースもあるが、多くの場合は経営陣の才覚を示している。これを批判しようとするつもりは全くない。
ともかく、命題は必ずしも肯定されていない。こうした例はアメリカでも見られるようだ。信金中金の調査によれば、アメリカでも地方経済は衰退しているが、それが原因で破綻した金融機関は、1997〜2000年の間にたったの一行しかないという2)。つまり、地域金融機関は案外にしぶといのである。アメリカの場合主要な経営指標であるROAやROEをみても、それぞれ1.04%、9.46%で、大都市の金融機関に比べればやや見劣りするものの、さほどに低くはない。また、預貸率/総資産率は成績の良い銀行でも65%であると報告されている。
では命題は間違いか。そうではない。この命題は長期的に当てはまるのである。上に示した事実は地方・地域の経済的衰退の中で、長期的には衰退が運命づけられている地域金融機関が現状と上手に闘っている現実を示しているのである。金融当局にあれこれ指導されるまでもなく、また、リレーションシップ・バンキングなどという御託宣を聞かされるまでもなく3)、日本の地域金融機関は生き残りの努力を続けている。
日本の地方経済の衰退がどの程度進行しているかをひとつの調査例で示そう。経済分野で東京一極集中が進んでいることは、視覚的にも統計的にも明らかである。その分、地方経済が沈んでいるのだが、その様子は一様ではない。東京を除く三大都市圏と地方の拠点都市(いわゆる、札仙広福)は周辺から人口をはじめとする経済要素を吸収して勢力を保っている。県庁所在地の都市についてもほぼ同様である。では最も衰退が目に付くのはどこか。それは“第二の都市”と呼ばれているところであろう。以下は北海道の第二の都市である旭川市を中心に調査した結果の一部である4)。
旭川市では事業所数のピークは昭和61年であった。従業員数は平成8年にピークを示している。つまり、両者の間には約10年のタイムラグがあるが、それには二つの理由が推定される。ひとつは、郊外の大型店の出店で駅前通りの中小商店が閉まる、いわゆる“シャッター通り現象”である。商店の数は減るが、雇用面でみると郊外の大型店の大量雇用でむしろ就業率は一時的に良くなる。第二の理由は、企業数の減少が雇用の減少に直結しない地方経済の構造である。これは、事業所の閉鎖を決意した場合、雇用主が積極的に従業員の再就職先を探すという日本的な“慣行”が柱になっている。ある支店の閉鎖に伴うケースでは、希望者のほぼ全員が再就職をしている。つまり、企業の撤退や閉鎖はすぐには失業を生まない構造がある。経済的状況が良ければどこかに吸収されたままであろうし、そうでなければやがて失業という型で顕在化する。現在、地方都市で生じているのは後者である。
旭川では本店企業が昭和61年から徐々に減り始め、平成8年から13年にかけて急減している。事業主の世代交代がうまくいかず、継続を断念するケースが多いのだが、図1に示された35%もの減少はかなり厳しい。そして、この本店減少を埋め合わせ地方経済を支えてきたのが支店である。平成3年まで急増し横這いとなるが、重大なのは平成8年からこの頼みの綱も下傾気味なことだ。支店が存在するのは、その地方でビジネスが成立するからである。しかし、当該地方の不況が長期化し、その見通しが暗くなれば“支店経済”も引き始め、それを地方が止めることはできない。
本店経済の衰退を支店経済がカバーしていた構造が日本の地方都市のあちこちで崩れ始めていることが推定される。表1と表2は、旭川駅周辺の商店街区とオフィス街区で行ったアンケート結果である。10年前に比べ売上が減少したと答えた比率はどちらもかなり高率である。“かなり減少した”をみると本店セクターが高く、展望を持ち得ない状況に追い込まれているのがうかがえる。支えるはずの支店セクターでも“減少”の比率はかなり高い。こうした状況の中で、今後の営業方針を聞くと、“廃業を検討”、“縮小を考えている”、“わからない”等の消極的な答えが多くなる。もちろん、新事業の展開、新製品の導入などの積極派も存在するが、それへ向けての具体的な構想がないのである。
経済の衰退、それは地方主要都市の駅前商店街の衰退に象徴されるが、それだけに留まらない。やがて学校や病院が存在しえなくなる。企業数の減少→従業員数の減少→所得減→税収減となり地方政府のできることが限られてくる。公共インフラのメンテが追いつかず街の景観はさびれる。就職先がないのだから、若者の多くは街を出、結果として高齢化が進む。就学中の若者には将来の希望が見えず、それは学校での教育効果を落とす。経済的衰退がやがて社会の衰退を導く。
いわゆるアクションプログラムにも明記されているように地域金融機関は地方経済の復興と発展に大いに貢献すべしというのが、いわば公式見解なのだが、本稿ではこれに少々異を唱えてみたい。
現在進行している地方の衰退に対して地域金融機関できることはむしろ限定的である。
@金融機関の経済発展に対する役割は元来受動的である。サッチャー政権下のイギリスで、中小企業金融のあり方が議論になったことがあった。イギリスの銀行は中小企業に冷たいという批判に対し、銀行業界の大立者は、“我々は水を用意して待っているのに、馬の方が元気がなく飲みに来ない”という主旨の反論をした。競馬の本家らしいこの例え(水は資金、馬は中小企業)は銀行家の立場だけを強調したものではあるが、金融機関の受動性をよく表現している。そして、この受動性は肯定されるべきである。
Aでは誰が地方経済の再生に積極的でなければならないか。それは次の三つである。地元の非金融系企業とそれらを束ねる企業の組織。次に地方の経済政策に一定の責任を持つ地方公共団体。彼らは政策の推進者であるだけでなく公共部門の経営主体でもある。地方では公共経営体の占める比率は高い。そして重要なのは国の政策である。これまで、国の地方振興は二つの観点からなされてきた。ひとつは経済産業省を中心とする経済政策、もうひとつは国土交通省が主役の国土政策である。財政赤字の巨額化とともに特に後者の観点は影が薄くなりつつあるが、均衡ある国土の発展という当初のスローガンが日本という国に不用になったとは思えない。事態を放置すれば、首都圏への人口集中は進んでしまう。インフラが間に合わなければスラム化の心配もある。逆に、地方では農地や住宅が放棄され過疎化が進んでいる。これでは均衡ある国土にはならない。
地元の経済界、地方政府、国の三者が動いてこそ金融機関も動けるのである。特に国の責務は大きい。経済衰退に留まらず社会的・文化的衰退にまで事態は進んでいるのだからなおさらである。金融当局が地方の心配をしてくれるのは有難いが、これは国家の大事なのであるから他の省庁との連携体制をまず構築すべきである。要は、地方経済の復活というテーマに向って地域金融機関のできる事は限定的であり、単独でやればドン・キホーテ的になってしまう。上記三者のスクラムの後についていくのが基本である。このことを断った上で、現在可能ないくつかの提案をして結びとしたい。
@難局に直面しつつ、これを打開しようとする地元企業の試みは様々ある。先の調査でも、新製品、新事業、新市場などという方向性は示されているが、具体性に乏しい。地域の活動的な企業・人々に一歩前進のための情報と知恵をもたらすことは、地元の人材集団でもある地域金融機関の仕事であろう。
A地方の復興と金融機関というテーマで言えば、本稿でまだ述べていない存在がある。それは政府系金融機関である。彼らは金融機関であるだけでなく国家の一部分でもあるのだから地方の再活性化には大いに貢献すべきである。ここで特に強調しておきたいのは公的金融機関と地域金融機関の連携である。幸いなことに、両者の業務協力は進展しつつある。2004年12月現在での両者の協定実績は表3のようになっている。協定の内容としては
(1)情報交換、@投資の情報交換、A経済動向の情報交換、B金融手法の情報交換、
(2)企画立案や強調融資などである。
業務協力は最近話題の創業支援運動の展開にも有効である。創業企業は倒産リスクも高いから金融機関がこれらに関与することは不良債権を増加させかねない。そうならないように“リレーションシップ”を構築しなさいというのが政策当局の言い分のようだが、これは現実的に難しい。なぜならリレーションシップは築くまでの時間とコスト、当該企業から金融機関が金利等を受け取る型で利益を得るまでのタイムラグが考慮されていないからである。地域金融機関と公的金融機関の業務協力がうまくいけば、これらのコストとラグを減らすことになる。また業務協力は別の意味(財政危機と民営化推進)で生存の危機に晒されている公的金融機関にとっても魅力のあるものと思われる。
今のところ、協調融資が数件報告されているのみだが、今後の実績に注目している。
B地方経済にとって最大の迷惑となるのは、地域金融機関が破綻してしまうことである。言うまでもないことだが、そうならないように効率化・健全化の努力は欠かせない。個々の金融機関を観察してみて目に付くのは、人材配置の不適正(有能な人間に単純な仕事をさせている例)、仕事の重複、理事会・取締役会の非効率などである。これらは、政策当局にあれこれ言われるまでもなく自ら改善すればよいことである。
「地域貢献」は反対する人のない美しいスローガンである。しかし肝心なことは、この課題の困難性をよく把握し、できることの範囲を意識して現実的に対応することだと思う。地域経済の活性化といえば産学官の連携が強調されるが、勢い余ってこれに“金”を加え産学官金でいこうなどという誘いもある。しかし、将棋の盤上と同じで金は後に控える強力な援軍であるべきだろう。
1)2004年の12月に発表された「金融改革プログラム」でも、監督強化の方向は随所に読み取れる。「関係省庁との連携及び財務局の機能の活用を図りつつ、地域密着型金融の一層の推進を図る」(同プログラム、P.8)「各金融機関に対し、@、A、B(中略)・・・個性的な計画の策定を要請」(同上)。財務局の強化を望んでいる地域金融機関があるとは思えないし、当局の「要請」は必ず「強制」である。民間の機関が、自分達の経営計画・方針を役所に差し出さなければならないというのは、経済活動自由を建前とするこの世の原則に反している。
2)青木武、「米国の田舎におけるコミュニティバンク」、『信金中金月報』第3巻第11号(2004年10月)
3)当局の主張するリレーションシップ・バンキング論の問題点については以下の論文で主張した。濱田康行、「リレーションシップ・バンキング論の盲点」、『中小商工業研究』第77号、2003年9月。
4)北海道エンパワーメント研究会「旭川市中心街の事業所の経済活動に関する実態調査」、平成16年6月、(財)北海道開発協会。
|