昨年末、書店の在庫処分セールでたまたま『保守政治家は憂える』(岩波書店、一九八六年)という本を買った。この本は、『世界』編集長であった故安江良介氏が、中曽根政権時代に「戦後政治の総決算」が叫ばれる状況の中で、福田赳夫、伊東正義、井出一太郎など長老を含む自民党政治家にインタビューしたものをまとめている。一読して、隔世の感に打たれたとともに、自民党の劣化を痛感させられた。たとえば、小泉首相の政治上の師である福田元首相は、憲法について次のように語っている。
「憲法に流れる平和思想、これはどこまでも守り抜かなければならないところです。それと政治倫理の問題、これは政治の原点です。」
福田は大蔵省で主計官を務めていた若き日に、軍の膨張を財政面から押さえ込もうとする高橋是清の下で働き、政治と軍事の衝突を間近に見ていた。軍の独善を押さえることが政治の務めであることを肌身にしみて感じていたからこそ、平和憲法に対するこのような評価が語られたに違いない。その点で、小泉首相は不肖の弟子である。
福田だけではない。戦争と戦後の民主化を経験した世代には、戦争への反省を踏まえ、アジアの国々との友好を保ち、再び戦争を起こさないことを最大の使命としてきた人が自民党にも少なくなかった。戦後六〇年、日本が曲がりなりにも平和国家の道を踏み外さなかったのは、こうした保守の良識派の存在があったおかげということもできる。
翻って、今の自民党からは本当の保守政治家がいなくなったことを痛感する。保守の政治とは、熟慮、慎重などを特徴とするはずであり、今の自民党に溢れるけたたましい叫びと対極にあるものである。
折しも、安倍晋三、中川昭一両代議士が従軍慰安婦を取り上げたNHKの番組に圧力をかけていたことが『朝日新聞』などで報じられた。権力の座にある者が報道の中身に干渉することは、民主主義国では許されない。安倍、中川両氏は対北朝鮮最強硬派として知られているが、ことメディアに対するコントロールについては、自分たちが非難してやまない彼の国の独裁者と同じ発想を持っているのである。この一件は、今のNHKの権力迎合体質を明らかにし、メディアの自由を取り戻すための重要な手がかりとなる。様々なメディアが協力して徹底的に究明すべきである。
また、自民党は脱北者を支援する法案を準備しており、安倍氏は北朝鮮の体制転覆を目指すと語っていた。その軽率さにおいて、まさに日本版ネオコンの面目躍如である。北朝鮮の現体制が同国の民衆にとってよいものでないとことは明らかでも、中途半端な体制転覆はより大きな地獄を意味するかもしれないと疑うのが保守政治の発想である。また、体制転覆にともなうコストを最も大きく引き受ける韓国がどうなるのか、日本が数千、数万の北からの難民を本当に受け入れる覚悟があるのか、これらの当たり前の懸念を安倍氏はどこまでまじめに考えているのだろうか。
売国と唐様で書く三代目。戦後六〇年の今、戦争の辛酸を嘗めた世代が築いた日本の路線を、お気楽な二代目、三代目が壊そうとしている。その先にあるのは、日本の国益をアメリカに売り渡す売国と亡国の末路である。
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