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ヨーロッパ統合史
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「大都市圏と地方における政治意識」世論調査報告
 
 
ヨーロッパの苦闘とアジアの将来
山口 二郎
 
 

 イギリスから送る原稿も、今回が最後となる。イギリス滞在のまとめとして、特にアジアにおける日本の位置づけが問われている今、ヨーロッパから何を学ぶかを考えて見たい。

 ヨーロッパは今EU憲法をめぐって揺れている。フランス、オランダで相次いで、国民投票による国民の反対が明確に示された。それぞれの国民がEU憲法を拒絶した理由にはいくつかの要素が絡み合っており、一部の反グローバリゼーション運動が言うような「新自由主義にノー」という単純な話ではない。むしろ、ヨーロッパ統合が東欧さらにトルコにまで広がることに反対する西欧国民のナショナリズムこそが、EU憲法に対する反発の根底にあることを見落とすべきではない。これだけ地域統合が進んだヨーロッパにおいてさえ、ナショナリズムは依然として扱いにくいものなのである。

 憲法の挫折によって、ヨーロッパ合衆国という形での強力な統合は遠のいた。しかし、EUそのものが解体するわけではない。経済社会モデルについても、安全保障についても、アメリカモデルとは異なったヨーロッパモデルを構築するという意欲と使命感は、ヨーロッパの政治家に共有されている。その意味で、私はEUの将来を悲観していない。

 私が日本を留守にしている間、靖国問題などを契機に日本と中国、韓国との関係が悪化している。この問題の根底には、日本が近代国家となって以来初めて、対等な力を持った(あるいは将来自国を追い越すかもしれない)隣国とどう付き合うかという難題に直面しているという現実がある。右派の政治家が幼稚とも思えるような自国中心主義を唱えて隣国を挑発するのは、この現実から目を背けたい、この現実を認めたくないという願望の表れである。しかし、この現実を直視することなしには、日本の安全も経済的繁栄も成り立たない。

 この点で戦後六〇年の西欧の努力には感服するばかりである。隣国同士が互いに愛し合うということはありえない。先に述べたように、ナショナリズムを消し去ることなど不可能である。それはアジアでもヨーロッパでも同じである。しかし、ヨーロッパにおいては歴史問題を引きずり、相互に反目するのではなく、共通の利益を発見し、それを推進するための政策を取ることこそ外交の要諦である。そして、そうした地域協力の土台となったのが、前回の本欄でも書いたとおり、第二次世界大戦の終わりを敗戦国も含めてファシズムからの解放と捉える歴史観であった。戦争を繰り返してきた歴史を考えれば、今日のヨーロッパの安定と相互協力は、まさに夢のような話である。しかし、夢に向けて一歩ずつ現実を変えていくことこそ、政治である。

 今、日本人は二一世紀のアジアに自らをどのように位置づけるかという問題に直面している。感情の赴くままに隣国との紛争を拡大し、結局アメリカにしか頼れないという状況を続けるのか、安全保障、持続可能な経済発展、環境対策など共通の課題にアジアの国々で協力して取り組むための仕組みを作るのか、日本の意志が問われているのである。

 外から見ていて、今ほど日本が幼稚に見える時はないと思う。アメリカに甘やかされ、アジアには優越感を持つという戦後日本の自己認識を戦後六〇年の今こそ克服すべき時である。

(週刊金曜日6月10日号)