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「大都市圏と地方における政治意識」世論調査報告
 
 
日本型社会民主主義の後にくるもの
山口 二郎
 
 
 
 最近読んでもっとも印象に残った本は、何と言っても佐藤優氏の『国家の罠』である。あの本と今回の郵政解散をつなぐことによって、この総選挙の本質が浮かび上がるように思える。佐藤氏は、鈴木宗男氏や佐藤氏が無理筋の捜査で立件、起訴されたことを国策捜査と呼んでいる。小泉政権のもとで、田中角栄以来の地方重視の再分配型政治(日本型社会民主主義とも呼ばれる)から効率優先の小さな政府への転換が進んでいる。鈴木宗男という政治家は、再分配政治の権化であり、再分配から効率への転換という時代のけじめとして、ねらい打ちにあったと佐藤氏は言う。政権中枢の直接的指示のもとで捜査が行われたとは思えないが、検察が時代の潮流に順応して腐敗した再分配政治にくさびを打ち込んだという解釈は説得力を持つ。

 小泉首相が郵政民営化に反対した政治家を自民党から追放していることは、佐藤氏の言う国策が権力の明確な意志として実行されていることを意味する。いわゆる造反派は小泉政治の弱者切り捨て、地方軽視を批判してきた政治家である。小泉にとって郵政民営化が構造改革の象徴であったのと対照的に、彼らにとっては、地方における公共サービス廃止の象徴であった。このような対立は自民党の中に伏在していたが、経済成長が続く間あるいは借金ができる間は弥縫されてきた。小泉首相が自民党史上初めて再分配を否定したところに、今回の総選挙の意味がある。

 小泉首相は郵政民営化の単一争点でこの総選挙を戦おうとしている。郵政民営化は構造改革の象徴、突破口というだけで、これを突破した後で政策の体系をどのように変えるのか、具体的なことを語ろうとしない。何も語ろうとしないのは、小泉首相およびその人気を利用して選挙に勝とうする政治家に語るべき内容がないからであろう。また、この選挙の後に確立される小泉政権の巨大な権力を利用して再分配政治をいっそうしたいとかが得ている一部の官僚や経済人は、具体的なことを語れば小泉人気がなくなることを承知しているからであろう。

 小泉首相の言う官から民へとか小さな政府といったスローガンがあまりに杜撰な単純化であることは明らかである。過去数年、民間銀行の不始末を尻拭いするために不良債権処理という名の下で数十兆円もの公的資金が投入された。民営化された鉄道会社は競争勝ち抜きと営利追求のためにあまり多くの人命を奪う大事故が起きた。医療や教育などの財を市場で供給すれば、結局金のある者だけが健康で豊かな生活ができる結果になることは目に見えている。要するに、民が自動的に国民を幸福にするわけではないのである。

 小泉路線で損をするはずの人々がこぞって小泉改革に喝采を送り、テレビや新聞がそれをはやすという構図は異常としか言いようがない。テレビは愚か、新聞まで一緒になって、小泉はと反小泉派のバトルを派手に実況中継している。しかも、善玉と悪玉の色分けが明確で、普通にテレビや新聞を見ていれば小泉を支持するように誘導される。亀井、綿貫などが国民新党を立ち上げたとき、各紙には選挙互助会という言葉が踊った。しかし、しょせん政党は選挙互助会である。郵政法案に棄権した準造反派を公認し、さらにこの機に乗じて野心を遂げようとする便乗組を公認した自民党も、立派な選挙互助会である。

 自民党の純化という小泉の手法は日本政治にとって必要な一歩である。小泉は自民党に初めて政策的背骨を入れた。その点だけで小泉を独裁と批判するのは的外れである。しかし、選挙においてより重要なのは、政策的背骨なるものが一体何なのか、それが国民に何をもたらすかを考える作業である。郵政民営化という単一争点を叫ぶのみで、他の重要な政策課題について白紙委任を求める小泉の手法は、独裁者のそれである。メディアが小泉の手法の新しさ、面白さのみをはやし立て、政策内容に関して思考停止を続けるなら、今回の選挙は独裁政治の始まりとして記憶されることになるであろう。

 自民党が結党以来半世紀守ってきた再分配の政治は確かに崩壊しつつある。これをそのまま温存することは無理である。自民党流の再分配政治は、腐敗、無駄、官僚の既得権など多くの弊害をもたらした。ここで問われているのは、再分配そのものを否定するのか、仮にそれを維持するなら新たな再分配の仕組みをどう打ち立てるかという点である。小泉自民党はユートピア主義的な市場中心主義で国民の支持を得ようとしている。これに対抗する民主党や造反勢力が、効率的で公正な再分配の仕組みを打ち出すことができるかどうかが、選挙の鍵になると私は考えている。

(論座10月号)