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「大都市圏と地方における政治意識」世論調査報告
 
 
雨天の傘は借りられるか
濱田 康行
 
 
 
 会社が資金繰りで危なくなる。そんなときは、馴染みの金融機関に駆け込む。中小企業の経営者なら誰にもありそうな経験だが、貸す方にはなかなか悩ましい問題でもあるようだ。

 救済融資。よく聞く言葉だが、それをするべきかせざるべきか、ある裁判をめぐって論争が進行している。それは、今から9年前の1997年に破綻した北海道拓殖銀行の融資をめぐる民事賠償事件だ。被告は、旧拓銀の経営者、原告は、整理回収機構(RCC)である。
 

 〈一審〉

 平成15年9月の第一審では、部分的にではあるが被告の、つまり当時の拓銀の経営者達の主張が認められた。一連の民事裁判で争点となったのは銀行の経営者の裁量をどうみるかであった。原告は、これらの融資はそれが実行される時点で借手企業は倒産状況にあったにもかかわらず、被告達は自らの保身のため返済の可能性が極めて低い融資を実行し、銀行に多大な損害を与えたと主張。他方で、被告側は、融資をしなければ倒産するという状況であり、融資の実行によって救済の可能性があった。つまり、将来のより大きな損害の発生を防ぐためになされた典型的な救済融資であり、それは経営判断に基づくものであると主張した。

 融資がなければ倒産したかどうかは当時の状況、得られる情報で判断したのだが、助けられるかどうかはその時点ではわからない。企業の生死は、お金の問題もさることながら、それを取り巻く経済状況(市場の状態等)に大いに左右される。それらを読み切る事には限界がある。経済事件が難しいのは、ひとつの行為がひとつの結果を生むという単線構造ではないこと、だから結果から逆に行為が正当か否かを裁くことができないことにある。結果で判断して良いのなら話は簡単だ。この事例では被融資企業は倒産している。
 

 〈高等裁判所〉

 もうひとつの争点は、救済融資という融資類型が銀行事業の社会性に照らして許容されるかどうかということだ。銀行の社会性とは、銀行は広く大衆から預金を集めていることを示すと考えてよい。救済融資とは企業を救うための融資であり、そういう状況の企業は危険な状態にあるから、返済の確実性は通常より低い。

 一審では原告が「経営判断という裁量は、銀行の持つ社会性で制限を受ける」と主張したのだが、裁判所はこの主張を退け、次のような判断を示した。

 「上記被告らにおいて、本件融資を承認する旨の決裁をしない選択肢があり得なかったわけではない。…しかし、それ(融資の決裁)が最善であったかどうかはともかくとして、拓銀の取締役としての経営判断における裁量の範囲内の選択であったというべきである」(平成15年9月16日、札幌地方裁判所判決)。つまり被告の言い分である救済融資を認め、原告の損害賠償請求を却下した。

 RCCの控訴を受けて舞台は高等裁判所に移った。原告は、銀行の社会的規範からして実質贈与である“救済融資”などという融資類型はあり得ない。また、企業を倒産させた場合の損失の算定も誤った推論であると主張した。

 第二審では、第一審とはやや違う角度での審理が進んだ。要は、経営判断が充分な情報をもってかつ慎重に討議されたかを問題にしたのである。そして第二審は次のように断言した。

 「本件融資をしない場合と本件融資をする場合を比較して、拓銀にとってどちらにどのようなメリットがあるのか等の具体的な検討がなされた形跡は全くない」(平成18年3月2日、札幌高等裁判所)つまり結果はRCCの全面勝訴、逆転判決であった。
 

 〈備えあれば〉

 中小企業にとって金融機関が救済融資に一切応じてくれないとなると、これは大変だ。それこそ、土砂降りの中でも傘を貸してもらえない。

 救いがあるのは、第二審でも救済融資を全面否定したのではない点だ。要は、特別な場合であること、すなわち企業が救済されることが株主にも預金者にも利益であるということが証明されなければならない。しかしこういう“証明”は金融機関の努力だけではできる年ではない。むしろ借り手企業が積極的に証明しなければならない、そのためにはどうするか。普段から、企業経営の透明性を高めておくことが必要だ。理想を言えば、突然に駆け込むことがないように、それこそ日頃のリレーションシップを密にする。近頃では、リレーションシップは銀行の側からばかり強調されているが、一方通行では築けないのが“関係”である。救済融資も、備えあれば憂いなし。

(中小公庫マンスリー2006年7月号 巻頭言)