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「大都市圏と地方における政治意識」世論調査報告
 
 
沖縄から見た安倍政治の行方
山口 二郎
 
 
 
 発足後一か月間の安倍政権の動きは、安倍首相のイデオロギー性に期待、あるいは反発する者の予想を裏切るものであった。就任早々中国、韓国を歴訪し、北朝鮮の核実験という共通の脅威の浮上もあって、小泉時代にわだかまっていた日中、日韓関係の軋轢は、ほとんど消え去ったように思える。また、歴史認識についても戦後五十周年の村山談話を継承するとの姿勢を明らかにして、この問題は政治争点ではなくなった。安倍首相が訪中に出発した当日、東アジアの国際関係に関する会議に出席し、歴史家の和田春樹氏に会った。和田氏が『世界』10月号に書いた「安部晋三氏への手紙」を首相は読んで「転向」したのでしょうと言うと、和田氏は苦笑しつつ、政権発足時に日本の戦争責任を認める姿勢を明確しておくことには意義があると述べていた。

 しかし、この転向を額面どおり歓迎することはできない。外交面で穏健姿勢の陰で、国内においては政府権力と市民社会との関係を大きく作り変えるような政策を次々と打ち出す兆候が見えている。たとえば、NHKへの放送命令の件である。法律上、政府はNHKに命令を下す権限を持っているのだろうが、報道の自由を尊重することは民主政治の土台であるがゆえに、誰もそれに手をつけなかったというのが従来の慣行だったのであろう。現にNHKは拉致事件については拉致議連のご機嫌を取っているのかと思わせるくらいに報道してきた。要するにメディアに対する威嚇としか考えられない。

 10月25日から3日間、沖縄へ行き、現地の学者やジャーナリストと話をして、先に述べた政治変化の予兆を強く感じた。権力の膨張は周辺部において最も早く現れるものである。現地に行って、高市早苗沖縄担当大臣の「出来高払い発言」の反響を知った。彼女は10月21日に沖縄を訪問し、基地移転の進捗状況に応じて北部地域振興策を進めると発言したのである。金が欲しければ、国策に協力して、さっさと基地移転を進めろという居丈高な姿勢がこの発言の背後にある。

 橋本、小渕政権時代には、梶山静六、野中広務など旧橋本派の政治家が沖縄対策を仕切ったが、彼らには等しく沖縄に対する負い目の感覚があった。同じ日本なのに沖縄だけに迷惑をかけて申し訳ないという気持ちが、沖縄振興策の動機となった。振興策が公共事業偏重で沖縄の地域経済をゆがめたという弊害もあったが、沖縄の痛みを共有しようとする政治家の誠意は評価すべきである。世代は入れ替わり、権勢を手にした「恐るべき子供たち」は、他者を見下して平然としている。沖縄の米軍基地は日本にとっても不可欠であり、基地が集中している沖縄に住むのは沖縄人の自由な選択の結果であるとでも言いたいのであろうか。沖縄人がこれ以上身勝手を言うなら、国も付き合っていられないというのが高市発言の本質である。

 困ったことに、差別され、蔑視される被害者の側が、自らの尊厳と権利を主張する意欲や能力を失いつつあるという兆候も見える。一夕、沖縄国際大学前の店で、同大学に勤める友人らと歓談した。2年前も同大学へ行ったことがあるが、その時には二〇〇四年八月のヘリコプター墜落事故の爪痕が生々しく残っていた。しかし、今はきれいに整備され、事故があったことなど分らない。大学幹部は事故の補償交渉にも極めて協力的で、防衛施設局の側が拍子抜けしたほどだという話も聞いた。知恵のある学長なら、学生をあおって抗議行動を起こし、それを梃子に取れるだけの補償を取ろうとするであろうに。

 名護では、小説家の目取真俊氏と対談した。最近まで高校教師をしていた同氏は、沖縄の若者を取り巻く絶望的な状況を語ってくれた。学校では学費滞納による退学者が相次ぎ、既存の奨学金や学費免除制度では追いつかない。経済的自立ができていない若年層での結婚、出産が多く、貧困の悪循環が始まっている。仕事といえば、本州から来る観光客相手のサービス産業における低賃金労働しかない。

 沖縄で起こっていることは、日本全体の変化の始まりでしかないのだろう。今始まっているのは、国内における植民地主義である。土建開発主義と結びついた国土の均衡という政策目標が捨て去られ、代わりに分権、自立という名の下に地方には窮乏化する自由が押し付けられようとしている。小泉時代に、親切な政治から冷淡な政治への転換が進んだが、安倍政治への世代交代によってそれはますます加速されている。戦争や貧困を知らない若手の政治家は、生身の人間とはかけ離れたところで抽象的な国益を語り、それに従わない者は身勝手として切り捨てられる。

 今、いじめを苦にした子供の自殺が日本人に衝撃を与えている。実に痛ましい話である。しかし、先の高市発言に示されるように、政治家こそが国ぐるみのいじめをして、それを恥じないというのが現状ではないか。政府が提出した教育基本法改正案では、郷土と国を愛する態度を養うと書かれているが、これなど悪い冗談でしかない。沖縄の人々の郷土を愛する心は無視され、同じ日本でありながら沖縄だけに米軍基地を集中して、迷惑をわびることもない。本来の愛国心は、主権者としての政治的覚醒と結びつくはずである。日本人が国の行く末に関心を持つならば、米軍再編という問題にももっと関心が高まり、沖縄だけに矛盾を押し付けて知らん振りという態度は糾弾されるはずである。形だけの愛国心が子供たちに注入されれば、政治家が定義する国益に疑いをさしはさまない従順な人間が増えるだろう。政策による不利益に対して、自らの尊厳や権利を主張できない無力な人間があふれるというのが、格差社会の行き着く果てである。

 沖縄の人々が政治的権利を行使するのかどうか、11月19日の知事選挙に注目したい。

(週刊東洋経済11月11日号)