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「大都市圏と地方における政治意識」世論調査報告
 
 
前途多難の安倍政権
山口 二郎
 
 
 
 臨時国会最大のテーマである教育基本法改正案が成立する見通しとなり、防衛省昇格については民主党も賛成した。発足早々の安倍政権は、無難に国会をこなし、自民党から見れば、「戦後体制からの脱却というテーマに関しては、着実に成果を上げているということになろう。それぞれの法案の中身について、個人的には大いに異論があるが、それは他の機会に論じたので、ここでは2007年の安倍政権と自民党について考えてみたいと思う。

 安倍首相は、この数週間、党組織の面でも、政策面でも大きな火種を自ら作り出し、これらを抱え込むことになった。組織面では、いうまでもなく郵政造反組の復党問題である。党執行部は復党に際して高いハードルを設定したつもりかもしれないが、平沼赳夫氏の排除は自民党内の権力闘争に配慮してのことであろう。自民党自身がアンシャン・レジーム(旧体制)に復帰するという意味での復党劇の本質は、国民の目には明らかである。

 そもそも昨年の郵政解散において、当時の小泉純一郎自民党総裁は郵政民営化に関する国民投票を国民に迫った。国民はその提起を受け入れ、小泉路線を支持して未曾有の議席を獲得した。国民は、事の当否は別として、郵政民営化に反対する政治家を追放したからこそ自民党を支持したのである。あの選挙で現れた民意は次の選挙までは衆議院を拘束するはずであり、今頃になって反対派も自民党に加えますというのでは、詐欺である。民意を軽んじるにも程がある。

 一連の騒動は、1997年秋、当時の橋本龍太郎首相が内閣改造に際して、世論の反対を押し切って佐藤孝行氏を入閣させたことを想起させる。当時の橋本政権は、野党の混迷も相まって、長期安定政権の道をひた走っていた。しかし、佐藤氏入閣が政権の運を狂わせるきっかけとなり、同年秋の金融危機を経て、翌年の参議院選挙における退廃、そして退陣へと予想もしない展開となった。今回の復党も、安倍政権にとっては崩壊に向けた「蟻の一穴」となりうる。古い自民党と敵対する姿勢を失えば、安倍首相の人気は下がるに違いない。復党によって参院選に備えて保守地盤の内側を固めることはできても、外側の多くの市民の失望をもたらすことで、結果としては差し引きマイナスになるのではなかろうか。

 政策面では、来年度予算編成に連動する税制改正という難問を抱え込んでいる。官邸主導で会長人事を進めた政府税調において、法人税減税が既定路線のように論じられている。大企業が空前の高収益をあげている一方、労働者には分配されず、所得格差は放置され、消費は低迷したままという現状において、また高齢者を中心に税や社会保険料負担が急増している現状において、企業だけが減税の恩恵に浴するというのは国民感情からして受け入れがたいであろう。そもそも安倍政権が目指す「減税→経済成長→税収増」という路線は、1980年代のアメリカ、レーガン政権が標榜したものだが、結果は大幅な財政赤字と貧富の格差の拡大であった。この誤りを繰り返さないために何が必要か、安倍政権には周到な説明が求められる。

 税制に絡むもう1つの難問は、道路特定財源の扱いである。安倍首相は一般財源化を指示しているが、与党はこれに猛反対している。道路特定財源は、無駄な公共事業の温床であり、建設利権の象徴であった。揮発油税を環境税に転換し、温暖化防止のための技術開発や、森林を中心とする環境保全のための投資に向けるならば、化石燃料の消費に対する課税という意義を訴えて、国民の合意を得ることもできるのではないか。この点で安倍首相が指導力を発揮するならば、環境問題に積極的に取り組む21世紀型のリーダーというイメージを確立する絶好のチャンスとなると思うのだが。逆に、特定財源を守りたいという与党の圧力に屈するならば、安倍首相のイメージ低下は決定的になるであろう。

 これも、参院選に向けてどちらが得かという票勘定の問題である。農村部の一人区対策としては、特定財源の維持による道路建設の推進という公約の方が、即効性があるという判断もある。しかし、既得権を破壊し、新しい時代の政策課題に取り組むという前向きのイメージを打ち出して、無党派層の支持を取り込むためには、特定財源の廃止という政策の方がインパクトを持つ。安倍首相及び自民党が、どちらの道を選ぶのかが問われている。

 このように、安倍自民党は早くも内憂を抱えているのだが、肝心の野党の姿が見えてこない。先日ある野党議員の秘書と会ったら、参議院における教育基本法改正案の審議はすっかり消化試合の雰囲気となり、民主党はさっぱり戦う意欲を持っていない。むしろ人数は少なくても国民新党の方がよほど腰を据えて戦っているという話を聞いた。本欄でも民主党の使命については何度も書いてきたが、もう一度繰り返しておきたい。民主党は、安倍自民党政権とは異なる世の中をつくるために存在しているのである。教育基本法改正論議の時に現れたように、自民党と同工異曲の対案を作ることは、野党としての役割の放棄である。

 11月28日に発表された参院選に向けた政策構想にも不満は残る。安全保障について明確に異なった路線を取ることができないのならば、それは正直に認めなければならない。実際、圧倒的な米国優位の日米関係を転換するなどと大言壮語しても始まらない。ならば、国内政策に関して、自民党政権とは異なる日本を作るというメッセージをもっと明確に発するべきである。具体的には、税負担のあり方、社会保障の将来について、国民の負担増も含めて体系的な政策を示して、現実味のある選択肢を提示しなければならない。社会のひずみが深刻化し、未来に対する希望を国民が失っている今は、野党にとってのチャンスなのである。

(週刊東洋経済12月16日号)