「戦 争 前 夜 ? |
―対イラク戦争の可能性と行方―」 |
日 時: |
2003年2月3日(月)17:00〜19:45 |
会 場: |
北海道大学百年記念会館 |
●要約
佐々木芳隆氏
ブッシュ政権は冷戦の勝者としての自己像を持ち,とくに力を信奉している。それはミサイル防衛(MD)や軍事技術革命(RMA)を推進し、“9-11”テロとアフガン戦争以降はABM条約を脱退し,脅威に対して先制核攻撃オプションをも含む新たな核戦略を打ち出している。このような軍事力,経済力そして政治的影響力を背景としたブッシュ政権の外交行動様式は「一国超大国主義」ともいうべきものである。これに対して、国内から異論はほとんど聞かれない。
またこの政権はイラク、イラン,北朝鮮(“axis of evil”)といったrogue state、そして大量殺戮兵器(WMD)をもつテロ集団を最大の脅威と認識している。また石油権益にも大きく着目しているところに特徴がある。
米国とアジア諸国との関係では、rising powerとしての自己像をもつ中国は台湾問題を例外として、WMD拡散反対,反景気後退,反貧困,反テロといった点で、米国のパートナーのような行動を取っている。
日本は、自衛隊のRMA促進やMD共同開発・配備に見られるように、対米追従の姿勢をとっている。これは憲法9条や集団的自衛権について重大な帰結をもたらす問題である。
酒井啓子氏
イラクの周辺諸国、とくにエジプト,ヨルダン,サウジアラビア,そしてトルコは反米感情激化による政権の不安定化を恐れており、戦争回避を強く望んでいる。しかし戦争不可避のムードは高まっている。
湾岸戦争以後,1999年までの国連の査察は,イラクのWMDと弾道ミサイル能力をかなりの程度武装解除してきたと考えてよい。イラクは査察は終了したとし、一方米国は「最悪ケースシナリオ」思考により、疑惑を持っている。またイスラエルの核兵器に対する米国のダブルスタンダードは反米感情の背景になっている。
イラクはIAEAの査察の中立性にかなりの疑問を持っている。例えば、UNMOVICのブリクス委員長自身は昨年末から、イラクに強硬な姿勢に転じてきている。また戦闘開始を不必要に遅らせたくない米国の思惑は、査察終了に関する複数の国連決議の解釈に混乱をもたらしている。
フセイン亡命の可能性は極めて低い。また明確な戦後構想をもたない米国が安定的な親米政権を樹立できる見込みも極めて低い。国内基盤が脆弱で四分五裂状態のイラクの諸反体制派は主導権争いに汲々としており、政権を担えない。米国の直接統治は、米国のイラク経験の薄さやイラク国内外へのインパクトから見て,長期的には不可能だろう。
-中村研一教授から佐々木氏への質問
Q1. ブッシュ政権はなぜ、前述のような安全保障政策をとるようになったのか?新たな脅威に対応した結果なのか、それとも米国内部で何かが変化した結果なのか?
A1.内的外的両方の要因があると考える。外的要因としては、経済的、技術的、軍事的な絶対優位への確信がある。内的要因としては、石油業界や軍需産業とのつながりが深い人脈とそれに由来する覇権主義的な認識が大きく影響していると考えられる。しかし、相互依存的な現代世界において、独善的な「一国超大国主義」が世界に受け入れられるかは甚だ疑問である。
Q2. 米国の対イラク政策と対北朝鮮政策の違いをもたらしているものは何か?単に時系列的にイラクが先に脅威として顕在化したという理由のゆえか,それともブッシュ政権は両者に本質的な違いを見ているのか?
A2.その両方の要素があると考える。「パウエル・ドクトリン」はあくまで戦力の集中使用を最重要視しており、その意味で米国は2正面―戦力的な制約のゆえではなく―をあえて戦おうとはしない。その意味で北朝鮮は非常に危険なかたちで米国の弱点を突いている。また北朝鮮は周辺諸国との関係で、非常に孤立している。一方イラクは周辺諸国といろいろな関係があり、これが米国の両国への政策の差を生じさせている理由となっていると考えられる。
-佐々木氏とフロアとのQ&A
Q1.日本は政治的に象徴的な対米軍事協力をした上で、米国に対し、言うべきことを述べる、という外交戦略もあるのではないか?
A1.アフガン戦争ならまだしも、イラクとの戦争は明らかに日米安保の範囲外のものである。軍事協力をしなくても、日本の平和原則を主張し、米国に言うべきことは言うべきであり、またそうできると考える。
-中村研一教授から酒井氏への質問
Q1.レーガン政権は、その人権侵害を黙認しつつサダム・フセインを「われわれのくそったれだ」と言った。ブッシュ大統領は今や彼を“evil”と呼ぶ。人権侵害や自由の抑圧という視点から、イラクと他の中東諸国は「邪悪度」においてどれだけ違うのか。その点におけるブッシュ政権の対イラク政策の合理性・非合理性はどうか?
A1.米国によって「人権侵害」体制・「テロ支援国家」と名指しされることの重大さを、「フセインの後の米国の目標は自分かもしれない」と懸念する中東諸国の指導者たちはよく理解している。米国は80年代末に大規模にクルド民族に化学兵器を使用したイラクに対しては非難・制裁を行なわず、それよりも小規模の弾圧を行ったシリアを「テロ支援国家」としたことは、このことをよく表している。
Q2. 一般に使われる言葉の意味について。例えば、フセイン政権の打倒や武装解除を前提とした形で「査察」というコトバが使われている。これは、これまで使われてきた中立的な意味での―権力性を持たないという意味で―「査察」とは違う。その意味で、コトバの使われ方に気をつけるべきであると考えるが、とくに“9-11”以降、「査察」「外交」といったコトバの概念の変動はあるのか?
A2.コトバの意味変化は “9-11”とは直接の関係はないと考える。95-6年まではCIAはイラク国内での独自の諜報活動が可能だったが、それ以後、国連の査察への米国の介入が始まった。 99年に当初は中立的に発足したUNMOVICは、とくに“9-11”以降、米国の諜報活動の介入を受けている。
Q3.イラク情勢は周辺諸国に様々な影響をもたらすが、しかしサウジアラビア自体も政治的には不安定―人口激増、石油収入への過度の依存、政治的正統性の欠如等々の要因によって―である。サウジアラビアの安定性は、どの程度独立のものとして考えられるのか?
A3.確かにサウジアラビアはじめ他の中東諸国の基盤は脆弱である。しかし、米国がアメリカ的民主主義をそれらの体制に要求することによって生じる体制への影響・脆弱性と、イランのような改革派と保守派の微妙なバランスの上に立った―遅々としてではあるが一定の成果を生んでいる―改革にともなう脆弱性とでは、脆弱さの意味、方向性がまったく違う。これはサウジアラビアでも同様と考えられる。
-酒井氏とフロアとのQ&A
Q1.「政治指導者は前回の戦争の教訓に基づいて次ぎの戦争を戦う」といわれる。イラン・イラク戦争,湾岸戦争,98年の米英による空爆という経験を経てきたサダム・フセインは、予期されるこの戦争についてどのようなパーセプションをもっているのか?どのようにブッシュ政権を理解しているのか?
A1.もともと軍人ではないフセインは軍事政策について誤りを犯してきたといえる。対イラン戦争しかり、その教訓に基づいた湾岸戦争然り,である。今回、湾岸戦争程度の規模の戦いは予期しているだろう。湾岸戦争の経験から、それが空爆のみならば、自体制が生き残れると彼が考えていても不思議ではない。また、彼が経験し、最も恐れているのは、戦争とともに起こるであろうクルド勢力などによる内戦、そして体制崩壊である。湾岸戦争後と違い,今回は米国は同勢力に援助を与えており、フセインは開戦と同時にクルド勢力を攻撃すると予想される。
-古矢旬教授から佐々木氏へのコメント
-レーガン政権期に、共和党の右派化という形で、外交における反対派oppositionが働かなくなり、米国の政党政治が機能不全に陥っていることが、現政権の政策の変化の長期的な背景になっていると思われる。
-湾岸戦争以降の「自国の死者を出さない戦争」―これによってベトナム戦争が「克服」された、とされた―という非常に大きな要素が、 “9-11”以降の状況に反映されていると考えられる。
佐々木氏の応答
そのとおりと考える。“9-11”以降のブッシュ人気の中で,民主党が政府批判を行いにくい雰囲気―「物言えば唇淋し」―が生まれている。(谷口記)
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