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<書評> 「核のアメリカ −トルーマンからオバマまで」
  吉田文彦著(岩波書店)

不安定化の歴史をひもとく

 本書は、核兵器を中心に据え、戦後史を通観する。

 著者の吉田は、長らく核問題を追跡してきたジャーナリストであり、達意の文筆家である。上下段組で250頁近い大部の書物であるが、アメリカの大統領を主語にすることで、60年ほどの歴史を一気に読ませる。

 構成は基本的に編年体である。第1章は、トルーマンからケネディ政権初期までの、冷戦を背景に激化した米ソの核軍拡と、にもかかわらずアイゼンハワー政権時に取られた国際原子力機関(IAEA)設立へのイニシアティヴ、第2章は、キューバ危機後のケネディ政権からニクソン・フォード政権期に成立した相互確証破壊(MAD)や「核の手詰まり」、および戦略兵器制限交渉(SALT)や核兵器不拡散条約(NPT)を含めた軍備管理・核不拡散関連諸条約の整備、第3章は、カーター政権期に、デタントの後退と並行してはびこった条約不信の時期、第4章は、ゴルバチョフとレーガン政権の時代における核軍縮と冷戦終結、第5章は、冷戦後に深刻化した、特に父子にまたがる両ブッシュ政権期における核拡散問題、そして最終章は、オバマ大統領の下で幕を開けた核廃絶への新時代などを、おもに扱う。

 そうして時代を下りながら、吉田は、核兵器・実験・拡散管理のための諸条約、核戦略や教義を方向づける大統領指令・国家安全保障会議文書などの意味を丁寧に分析する。その際、トルーマン政権期やカーター政権期に実現に至らなかったグローバルな核兵器管理・不拡散関連の構想を含めて、解説を加えている。

 さらに、そうしたアメリカの核戦略・教義・兵器体系の変遷が、北大西洋条約機構(NATO)などの同盟内政治、ひいては世界政治にもたらす含意にまで射程を広げて検討することで、戦後における国際政治史を跡づけている。

 記述を貫く一つの視点は、懲罰的抑止と拒否的抑止という二つの抑止概念である。前者は、相手に対しその攻撃を上回るコストを科すことで攻撃を思い止まらせる。アイゼンハワー政権期に定式化された大量報復戦略が良い例である。他方後者は、ミサイル防衛に典型的に見られるように、相手の攻撃能力を低下させることで攻撃を抑止する。

 戦後を通じて、基本的には、懲罰的抑止が維持されてきた。ただし、ケネディ政権期に登場した「損害限定戦略」は、相手の攻撃力を削ぐ拒否的抑止の芽を内包していた。ニクソン政権期には、ミサイル防衛(AMB)と多弾頭個別誘導型のミサイル(MIRV)との間の実質的な択一になり、後者が優先されたが、いずれにせよ相手の攻撃力を抑える積極防衛型の拒否的抑止の要素が徐々に比重を増していった。

 この拒否的抑止が前景に躍り出たのが、レーガン政権によるスターウォーズ計画である。ブッシュ(子)政権によるミサイル防衛計画もまた、それを踏襲したものであった。

 拒否的抑止は、懲罰的抑止の有効性を掘り崩す。というのも、お互いの圧倒的な攻撃力を共に了解することで成り立つのが懲罰的抑止であるのに対して、拒否的抑止はその前提となる攻撃力を低減させると想定されるからである。核の戦後史は、かくして不安定性を増大させてきた歴史とも描けるのである。

 他方、もう一つの不安定要因が核拡散であるのは言うまでもない。米国に始まった核兵器がソ英仏中へ拡散していった歴史は、後追いの承認の歴史であった。核拡散のリスクに対し、NPTのような必要だが不十分な体制ができ、カーター政権期のように核不拡散に努力した例もあったが、結果は周知のとおりである。この点についても吉田は、説得的に跡づけており、終章のオバマ政権による核廃絶イニシアティヴへの背景説明を準備している。

 本書には、すでに核戦略や冷戦史などに習熟した者からすると、既視感に襲われる部分がないわけではないと想像するが、政策当事者へのインタヴューや公開文書の通時的・体系的な検討などの利点がある。また、一般書ゆえに注がなく(索引はほしかった…)、立論の典拠の提示が不完全で、それゆえ何がどこまで新しいのか学問的な検証をしにくい箇所があるが、そのときは本書の基となった博士論文に当たってほしい。

 以上のような特徴を持つ本書は、現代における核兵器のあり方に関わる実務家・行動人や、その歴史的背景に関心を持つ社会人・学生に最適かつ詳細なガイダンスを提供するに違いない。

(外交フォーラム2010年01月号)

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