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<書評> 「流行病の国際的コントロール 国際衛生会議の研究」
  永田尚見著(国際書院)

グローバルな感染症ガバナンスの誕生

 感染症は、はやりのテーマである。無理もない。近年SARSや新型インフルエンザなどの人獣共通感染症が、いとも簡単に国境を越え、人命・財産に対する大きな脅威となってきた。ふと気がつくと、疫病ものの書物自体がパンデミック気味である。

 しかし本書は、同じテーマを扱っていても、若干趣を異にする。それは、19世紀半ばから20世紀初頭にかけて14回にわたり開催された、国際衛生会議の歴史を分析したものである。この会議を通じて、現在の世界保健機関(WHO)等にもつながる国際衛生体制・規範の基盤が形づくられた。

 具体的には 、数度にわたって大流行したコレラ対策を原型として、ペストや黄熱病などの他の疫病を含む普遍的な国際衛生システム、あるいは「国際文化」が生成した過程を追う。このシステムは、自由な交易や(巡礼を含めた)人の移動などの他の価値とせめぎ合い、また進歩し ゆく科学的知識と相互作用するなかで生まれる。

この過程は 単純化すると、各国家内の国内衛生を重視し、自由貿易等と整合させたい勢力と、検疫の厳格化による水際対策を志向する勢力との対立の中から、専門家、外交官、国際組織といったアクターが交錯を繰り返し、徐々に合理的な国際衛生制度を形成した歴史として把握される。その意味で、グローバルな感染症ガバナンスの史的起源を検討した研究といえる。

 面白いところに目をつけた書物なのだが、文章は、時折不正確で読みづらい。また、邦語の先行研究、とりわけ経済史、帝国史、国際行政関係の二次文献が軽視されている。さらに、国際衛生システムの創成期に活躍したライヒマン(Ludwik Rajchman)を「ラッジマン」とするなど、ところどころ覚束ない。最後に 、著者がこだわる国際衛生システムと各国の「文化触変」との関係について、本来の著者の主張、分析枠組み、実際の検証とがどこまで整合的であるか、疑問なしとしない。

 けれども、衛生会議の歴史をイギリスの公文書を中心に追跡し、現在の国際社会の歴史的形成に光を当てた 本書の功績は、決して小さいものではない。また本書は、1907年に設立された国際公衆衛生局の重要性を説得的に浮かび上がらせてもいる。その意味で、われわれの知見を前進させたものと評価できよう。

(外交フォーラム2010年04月号)

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